第13話:血の契約と、スキルの【譲渡】
王都へと続く街道の森深く。
野営の焚き火が爆ぜる音だけが響く夜、セリアは燃える炎をじっと見つめながら、思い詰めたような表情を浮かべていた。
「……どうした、セリア。見張りを代わる時間だぞ」
漆黒のコートを羽織り、木の上から降り立った俺が声をかけると、彼女は弾かれたように立ち上がり、深く頭を下げた。
「も、申し訳ありませんクロウ様! ……その、考えていたのです。道中、襲いかかってくる魔物をクロウ様はすべて一撃で屠ってしまわれる。斥候としての索敵も、クロウ様の研ぎ澄まされた五感には遠く及びません」
セリアはギリッと唇を噛み締め、俺を見上げた。
「悔しいのです。命を救われ、これほど立派な装備までいただいたのに、私はただの後ろ歩きをしているだけ……。クロウ様の復讐の刃として、もっとお役に立ちたい。どうか、私に『力』をくださいッ!」
悲痛なまでの忠誠心。
ただの村娘や凡庸な冒険者なら「無理をするな」とでも言うところだろう。だが、俺がこれから起こすのは、国の英雄を奈落へ引きずり下ろす大逆の復讐劇だ。足手まといを連れて歩く余裕はない。
「……力、か。奈落で魔物を喰らい、バケモノになり果てた俺の真似事が、お前にできるか?」
「クロウ様のためなら、悪魔に魂を売る覚悟はとうにできています!」
一切の躊躇がないその瞳を見て、俺は短く息を吐いた。
「いいだろう。なら、俺の『血』を飲め」
俺は腰のナイフを引き抜き、自らの左手のひらを浅く切り裂いた。
【自己再生】が働く前のわずかな時間。俺は血が滴る手を、セリアの口元へと差し出す。
セリアは一瞬だけ息を呑んだが、すぐに両手で俺の手を包み込み、流れる血を直接すすり始めた。
ゴクリ、と喉を鳴らす音が夜の森に響く。
直後、セリアの体がビクンと大きく跳ね、彼女は苦悶の声を上げてその場に崩れ落ちた。
「あ、ぁぁぁあっ……! 熱い……体が、内側から焼けるように……ッ!」
俺の血には【麻痺毒】をはじめとする魔物の因子が色濃く混じっている。普通の人間ならショック死してもおかしくない劇薬だ。だが、セリアは意識を手放さず、血まみれの口元を歪めながら必死に耐え抜いた。
そして数分後。荒かった彼女の呼吸が落ち着いたその時、俺の脳内に無機質なシステム音声が鳴り響いた。
『——対象との血液交わりによる【眷属契約】を確認しました』
『——配下の存在を認識。固有スキル【強奪】の隠し機能が解放されます』
『——派生スキル【譲渡】を獲得しました』
(……なるほど。奪うだけじゃなく、分け与えることもできるようになったか)
俺は脳内に展開された自分のスキル一覧を開き、【譲渡】の仕様を素早く理解した。
自分の所持スキルから任意のものを配下に渡すことができる。ただし、「一度他者に譲渡したスキルは、同じ種類の魔物をいくら倒して喰らっても二度と取得できない」という厳しい制限があった。
雑魚魔物を無限に狩って、最強スキルの量産軍団を作るような都合のいい真似はできない仕組みらしい。
「俺の手札を渡す以上、慎重に選ぶ必要があるな」
俺は、地面で荒い息を吐くセリアを見下ろした。
今の俺は、奈落の主から得た力で正面からの近接戦闘を主体としている。となれば、セリアには斥候や暗殺に特化したサポート役を担わせるのが最適だ。
「セリア。お前に、俺の力を分けてやる」
俺はセリアの額に手を当て、二つのスキルを念じた。
『——スキル【隠密(微)】および【麻痺毒(微)】を、配下セリアへ譲渡します』
光の粒子が俺の体から抜け出し、セリアの体へと吸い込まれていく。
俺の手札から二つのスキルが消えたが、後悔はない。正面突破できる今の俺に【隠密】は不要だし、【麻痺毒】も彼女の短剣の手数と組み合わせたほうが遥かに活きる。
「……っ!? なんですか、これは……頭の中に、力の使い方が流れ込んできて……」
目を見開くセリア。彼女は自分の手を見つめ、スッと気配を消してみせた。先ほどまでの素人くさい足運びとはまるで違う、完全な暗殺者の身のこなしだ。
「俺が奈落で魔物から奪った【隠密】と【麻痺毒】のスキルだ。お前の短剣に、いつでも麻痺の毒を纏わせることができる」
「クロウ様の、スキルを……私なんかに……っ」
「言ったはずだ。足手まといは切り捨てるとな。その力で、王都で俺の目となり刃となれ」
「はいッ! この命と力、すべてクロウ様に捧げます!!」
涙を流し、狂信的な熱を帯びた瞳で俺の足元にひれ伏すセリア。
これで、彼女はただの案内役から、俺の完全な『共犯者』へと生まれ変わった。
「さぁ、行くぞ。王都はもう目の前だ」
偽りの英雄たちがふんぞり返る舞台へ向け、俺とセリアは再び夜の街道を歩き始めた。




