第12話:漆黒の装いと、英雄(クズ)たちの嘘
Bランク魔物『鋼鎧の剛鬼』の巨大な牙をギルドのカウンターに叩きつけた時、ギルド内は水を打ったような静寂に包まれた。
受付嬢は泡を吹いて倒れかけ、冒険者たちは幽霊でも見るような目で俺たちを遠巻きに見ていた。
結果として、俺の懐には討伐報酬である『金貨百枚(一般市民の数年分の生活費)』という大金が転がり込んだ。
「まずは、この薄汚い毛皮とお別れだな」
大金を手にした俺たちが最初に向かったのは、迷宮都市でも一等地に店を構える高級武具店だった。
最初はボロボロの毛皮姿の俺を見て追い返そうとした店主も、金貨の山と威圧感を見るや否や、揉み手をして店の奥の最高級品を出してきた。
俺が選んだのは、高い防刃性と魔法耐性を持つ『黒飛竜』の革で仕立てられた漆黒のロングコートと、動きやすさを重視した黒い戦闘ブーツ。
骨の大剣を背中に背負い、漆黒のコートに身を包んだ俺を見て、セリアが頬を赤らめて感嘆の声を漏らす。
「す、凄くお似合いですクロウ様……! まるで、物語に出てくる魔王軍の将軍みたいで……あっ、す、すみません不敬なことを!」
「……まあ、あながち間違っちゃいないさ」
俺は苦笑しつつ、セリアにも上質な斥候用の軽鎧と、隠密用の黒いマントを買い与えた。
「私なんかにこんな高級品を!?」と涙ぐんで喜ぶセリアを連れ、俺たちは高級宿の個室に陣取った。
テーブルに並べられたのは、焼きたてのパンに、香草で味付けされた肉料理。
腐肉や猛毒以外の「まともな食事」を口にするのは、いつ以来だろうか。
「……美味いな」
「はいっ! これも全てクロウ様のおかげです!」
食事を進めながら、俺は本題を切り出した。
「セリア、買い物のついでに頼んでおいた『情報収集』の結果は?」
「はい。ギルドや裏の顔役から、いくつか確かな情報を引き出してきました」
セリアは表情を引き締め、手帳を開く。斥候としての彼女の能力は、こういう場面で非常に役に立つ。
「現在、勇者アルス率いるパーティーは、この迷宮都市にはいません。彼らは数日前、王都へと凱旋帰還したそうです」
「王都へ? あのダンジョン探索はどうした。ミノタウロス・ロードから逃げ帰ったはずだが」
「それが……」
セリアは言い淀み、悔しそうに顔を歪めた。
「彼らは国に対して、こう報告したそうです。『未知の階層で強力なミノタウロス・ロードと遭遇し激戦となった。我々の勇敢なる仲間、クロウが自らの命と引き換えに魔物の動きを止め、その隙に勇者アルスが致命傷を与えて撃退した』……と」
「…………ほう」
「王都では今、彼らは『未知の階層を切り開いた英雄』として連日パレードが行われているそうです! さらに、クロウ様への黙祷まで捧げているとか……ふざけています! 自分たちで突き落としておいて、自分たちの名声に利用するなんてッ!」
怒りのあまりバンッ!とテーブルを叩くセリア。
対照的に、俺の心は氷のように冷たく、澄み切っていた。
喉の奥から、ククッ……と低い笑い声が漏れる。
「クロウ、様……?」
「いや……あいつららしい、見事なクズっぷりだと思ってな」
俺が死んだと確信しているからこそつける、最高に都合のいい嘘。
だが、それは俺にとって『極上のスパイス』だ。
「いいぞ。あいつらには、王都でせいぜい持て囃されて、高い高い場所まで登ってもらおう」
俺は赤ワインの入ったグラスを揺らしながら、漆黒のコートの奥で冷酷な笑みを深めた。
「王から勲章をもらい、民衆から英雄と讃えられ、人生の絶頂にいるその瞬間——地獄から舞い戻った『死んだはずの仲間』に、その全てを無残に叩き潰される。これ以上の絶望はないだろう?」
俺の言葉の裏にある底知れない悪意に触れ、セリアは一瞬ゾクリと身を震わせた後、恍惚とした表情で深く頷いた。
「次の目的地は決まりだ。王都へ向かうぞ」
かつて「生きたゴミ箱」と呼ばれた少年は、漆黒のコートを翻し、偽りの英雄たちを処刑するための道を歩み始めた。




