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午前2時の巡回記録には、居ないはずの入居者がいる。  作者: 葉山 乃愛


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――第10話:50人目の移動届――

 系列施設『ひだまりの里』。


 車で30分ほどの距離にあるその施設は、

俺たちが先夜、歪んだ記録ごと

叩き潰した『ひだまりの家』とは

規模が違っていた。


 あちらが定員30名の平屋なら、

こちらは定員50名、3階建ての大型施設。

満床であるはずのこの場所の夜勤を、

今夜は俺と渡辺の二人で回す。



「……やっぱり、不穏すぎますよ、先輩」


 深夜1時45分。

事務所のパイプ椅子で、渡辺が

自分のポロシャツの胸元を掴みながら

小刻みに震えていた。


 あの一夜を乗り越えたことで、

奴の俺に対する信頼度は限界突破している。

だが、小心者な本質はそう簡単には変わらない。

そこが愛嬌でもあるのだが。



「怯えるな、渡辺。確率で考えろ」


 俺は手元のタブレット端末に表示された、

『ひだまりの里』のフロアマップを指でなぞった。


「定員50名に対して、夜勤は2人。

一人あたりの負担は25名だ。前のワンオペ30名より、

単純な生存確率の監視効率は上がっている。

データ上は、むしろこちらの有利だ」



「でも、あのメール……。

自動配信のくせに、未来の日付で

先輩を指名してきたんですよ?」


「だからこそ、相手の『配牌』は読めている。

午前2時。そこで何かが起きる。

仕掛けが分かっているギャンブルほど、

勝ちやすいものはねえよ」



 俺は不敵に笑ってみせたが、

内心の警戒は最大値に設定していた。

 この施設は、失踪した前の施設長が

生前に裏で頻繁に行き来していた場所だ。

必ず、あの男が遺した『バグ』が眠っている。



 その時、事務所のドアが静かに開き、

一人の女性が歩み入ってきた。


 日勤帯の残務処理を終えたばかりの、

この施設の相談員――『園崎そのざき』だ。

タイトスカートにカーディガンを羽織り、

長い髪を後ろで一つに結んだ、

一見すると物静かな美人。


 だが、その手には、およそ夜のオフィスには

不釣り合いな、巨大な『穴あけパンチ』が握られていた。



「大内さん、渡辺さん。

本当に、夜勤を引き受けてくださって

助かりました」


 園崎はそう言って、おっとりと微笑んだ。

 しかし、その目は一切笑っていない。



「園崎さん。その手にあるものは?」

 俺が尋ねると、彼女は穴あけパンチを

愛おしそうに撫でた。



「これですか? 私の『武器』です。

私はここの相談員ですから。

不適切な入居届や、嘘の移動届は、

すべてこのパンチで物理的に穴をあけて、

無効シュレッド』にすることにしていますの」



 なるほど、強烈なキャラだ。

 高城主任が『記録を上書きする鬼』なら、

この園崎は『不正な書類を物理的に抹殺する狂犬』。

どうやらこの系列、まともな感性の人間ほど、

どこかネジがぶっ飛ぶようにできているらしい。



「園崎さん、この施設で3年前に起きた

『菊池さんの失踪事件』の際、

ここからそちらへ不自然な『資金移動』や

『入居者の付け替え』はありませんでしたか?」


 俺の問いに、園崎の目がスッと細くなった。

眼鏡をかけ直す高城主任とは違い、

彼女は獲物を定めるように顎を引く。



「さすが、高城主任が目をかけるだけのことはありますね。

ええ、ありましたわ。

3年前の7月11日。前施設長の承認で、

1通の『移動届』がこの施設のデータベースに

強制割り込みされています。

名前は――『キクチサエ』。

でも、うちの50個のベッドは、その時すべて

別の人間で埋まっていました」



 点と点が、再び繋がりを求めて蠢き出す。

 あの時、前施設長はキクチサエの存在を

完全に消したわけではなかった。

 この『ひだまりの里』の、

満床の記録の裏へと『隠しデータ』として

移籍させていたのだ。



 ピピッ。


 インカムから、午前2時を告げる

電子音が非情に鳴り響いた。



 それと同時に、事務所の卓上にある

FAX複合機が、誰も操作していないのに、

ガシャガシャと不気味な駆動音を立てて

動き始めた。



 排紙トレイに、ゆっくりと滑り出てくる

一枚の感熱紙。



 渡辺が悲鳴を上げて俺の背後に隠れる。

 園崎は無言で、穴あけパンチをカチリと構えた。



 俺は印刷されたばかりのその紙を、

トレイから引き抜いた。

 そこには、完璧な公的書式で、

こう印字されていた。



『入居者移動届(緊急)』

『移動元:305号室 キクチサエ』

『移動先:ひだまりの里 204号室』

『措置:本日午前2時をもって、204号室の

既存入居者と【入れ替え】とする』



「入れ替え……だと?」


 俺は即座にタブレットで204号室の情報を開く。

 そこに入居しているのは、

現在、1階のベッドで穏やかに眠っているはずの、

心優しき老人のデータだ。



 ジリリリリリリリリリリリッ!!!



 事務所のナースコールが、

鼓膜を破らんばかりの音量で鳴り響いた。

 点滅する画面。



【 2 0 4 号 室 】



 受話器から漏れ出てきたのは、

かつて聞いた老婆の掠れ声――ではない。


 それは、紛れもない、

あの『前施設長』の、恐怖に引き攣った

絶叫だった。



『大内君! 大内君助けてくれ!

204号室のベッドの下から、キクチさんが……!

私の名前を、ここの『50人目の名簿』に

上書きしようとしてるんだぁぁぁ!』



 受話器の向こうから、ベタベタと

濡れた足音が近づいてくる。


 怪異は終わっていなかった。

 キクチサエは、前施設長を引きずり込んだまま、

この『ひだまりの里』の記録を喰らいに、

3年の時を経て「正規の移動」を行ってきたのだ。


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