#38 レクセル、遊便じゃなかった
「――――どうしてラヴジョイ様まで戻ってきているのですかっ?!」
文字通り〈スー〉を飛ばして、ジェミニに舞い戻った翌日の夜。
出迎えた〈ダストテイル・エクスプレス〉の代表は、するりと降りてきたラヴジョイを見て悲鳴をあげた。
「た、確かに、レクセルさんには戻ってきてほしいとは言いましたが……! それは我が社の中で内密に処理するためでしてっ……」
挙句の果てには、配達人控えの内容を読み上げ始める始末。
まあまあとレクセルがなだめる中、ラヴジョイがさらりと髪を揺らした。
「わたくしが頼みましたの。ジェミニへ戻りたいと」
「ですがそれでは、あそこまでしてジェミニを脱出した意味が……」
「意味ならありましてよ? おかげで大切なことに気付くことができたのですもの、だから戻ってきたのですわ」
「そ……そうなのですか。それではもう、逃げることはお止めになったということで?」
「ええ。――――代表さんも、わたくしの素性に気付いておられるのでしょう?」
ラヴジョイが、いたずらっぽく笑う。
代表はため息をついて、頷いた。
「まあ今更といいますか……サングレーザー伯爵令嬢、あなたがアルマにいる事は数日前に伯爵家からリークされました。ホテルで使った小切手や、目撃証言もたくさんあったらしく――――」
「あらあら、ダンスパーティを見られちゃったのかしら……」
「え? ダンスパーティに出たのですか? 逃げる気あります……?」
呆れたように首を振る代表に、ラヴジョイとレクセルはくすくす笑う。
もう運命から逃げることも、縛られることもない。
ラヴジョイはこれから自分の意思で、向き合うことができるのだから――――。
「それでは、わたくしはこれで。お手数おかけしましたわ、代表さん」
「……ああいえ。お役に立てたなら光栄です、サングレーザー伯爵令嬢」
混乱しつつも、流石は代表。
礼儀正しく一礼をした。
ラヴジョイは次に、レクセルを見た。
ここを発った時とは大きく変わった、2人の距離。
近付いて、近付きすぎて、お互い大事なことに気付かされた。
名前を付けるならば親友ではなく、戦友とでも言うべきか。
そんな奇妙な関係の2人は、ここでお別れ。
自然と互いに手を出して、しっかりと握った。
「レクセル。今回のこと、感謝しておりますわ。――――ありがとう」
「どういたしまして。幸せを祈ってるよ」
「はいっ……それから、あの夜のことですけれど。改めて、ごめんなさい」
「あはは……結果オーライだよ。気にしないで」
「あの夜……とは……? あなたがた、一体なにを」
代表が思わず口を挟むも――――。
2人は顔を見合わせてから、いたずらっぽく笑った。
「「――――ひみつ!」」
「……ではこれにて依頼は完了です。お疲れ様でした、レクセルさん」
配達人控えにスタンプを押して、代表が差し出す。
ラヴジョイをアルマまで運んだのは数日前のことなので、結構な今更感。
少し面白く思いながら、レクセルはお礼を言って受け取った。
ポーチにしまって、んー、と伸び。
さて、と次の仕事モードに切り替える。
これまで様々な依頼をこなし、極めつけには精神的に成長までもした。
どんな依頼もどんと来い、自信に溢れた遊便の顔。
きらきら輝きを増しながら、前のめりに尋ねる。
「――――それで、次の依頼はなんでしょうか」
「こちらからお任せすることは、もうありませんよ?」
「…………え?」
レクセルは固まった。
まじまじと代表を見た。
「え?」
代表も、まじまじとレクセルを見て。
「レクセルさんの所属する〈コマ・エクスプレス〉からの申し送りによれば、レクセルさんの遊便任命期間は1ヶ月間のはずですが……」
「――――あ」
「今日でちょうど1ヶ月ですよ」
レクセル、もう遊便じゃなかった。
しゅるしゅると光を失いながら、なんとか声を絞り出す。
「…………では私は、どうしたら……?」
「一度戻られるのがよいと思います。〈コマ・エクスプレス〉がある、ソフィアの街へ」
ぱし、と背中を軽く叩いて。
代表は優しく言ったのだった。
社務所の休憩室で夜を明かした、翌朝。
朝日に照らされた〈スー〉を、レクセルは感慨深げに見上げた。
遊便を任され、地元ソフィアを離れて1ヶ月。
始まりから終わりまで、ずっと一緒に飛んできた相棒。
その機体には、これまでの思い出を物語るような傷がいくつも――――なかった。
修理したてだからである。
むしろ塗装も塗り直されて、出発した時よりもぴかぴかしていた。
…………けれど。
それは一度、死にかけるほどに壊されたからであって。
この綺麗さはむしろ、己の未熟さを示す輝きだ。
「……もう慢心はしないよ」
順調一辺倒な旅路ではなかった。
ここまで来られたのは、〈スー〉がいたから。
冷たいジュラルミンをつつつ……と撫でる。
「……ありがとう」
そして、これからもよろしく。
小さく言って、レクセルは翼に登った。
風防を開けて、操縦席に座る。
ベルトを締めて、スイッチを弾いた。
「――――それじゃ帰ろっか、私たちの街へ!」
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