#35 レクセル、目的を知る
「…………は?」
レクセルは瞠目した。
必ずや、目の前の破廉恥な行いを問い詰めなければならぬと決意した。
レクセルには恋愛がわからぬ――――。
カフェを出たレクセルが見たものは。
さっきとは違う女性と腕を組んで歩く、ラヴジョイの姿であった。
「どういうこと……?」
相手は違えど、相変わらずの甘い雰囲気。
レクセルは信じられないものを見る目で呟く。
一途かと思ってたのに、どうやら全然違うっぽい……。
「あ、あ、あっ――――キスまでした……!」
レクセルは憤慨した。
レクセルは一途な女である。
そして知り合いに限るが、なんだかんだお節介な性格である。
かのような所業には、人一倍敏感であった。
「……あのさ、ラヴジョイ」
その日の夜。
レクセルたちは、食後のコーヒーを嗜んでいた。
「なんですの?」
小さく首を傾げるラヴジョイ。
カップ片手のその姿すら、凛とした気品があった。
軽薄な人にはやっぱり思えないが……。
口に残っていた苦味を飲み込んで、レクセルは切り出す。
「――――昼間、ラヴジョイを見かけた」
「あら」
「一緒にいた女の人は友達?」
「ええ、そうですわ」
「その割にはずいぶんとイチャイチャしてたけど」
「まぁ――――友達よりは深い関係だと言えますわね」
「その人に会うためにアルマに来た?」
「…………ええ。そうですわ」
「でも別の人ともイチャイチャしてたよね、その後」
「…………」
「……目的ってさ。女の子をナンパすることなの?」
ラヴジョイは、そっと瞳を伏せる。
バツの悪そうな顔――――ではない。
憂いを帯びた表情で、手に持っていたカップをことりと置く。
ぽつりと言った。
「――――軽蔑なさるわよね」
「ううん。別に」
「別に……?」
驚くラヴジョイに頷いて。
レクセルはコーヒーを一口含み、続ける。
「私は女心に疎くてさ。恋愛のことは詳しくないし、そういう恋の形が間違っているとは言えないよ」
「そうなんですの!?」
「でも理解できない」
「そうなんですの……」
「だから教えてくれないかな」
……ぱちぱちと目を瞬くラヴジョイ。
「教える……? 女性を引っかける方法をですの?」
「違うけど!? ナンパしてた理由だよ!」
慌てて言った。
遊便狩りの一件もあり、ナンパはもうこりごりなレクセルである。
んん、と咳払いをひとつして続けた。
「――――私が遊便をしているのは、いろんな女心を学ぶって目的もあるんだ。だからラヴジョイがどういう気持ちでナンパしてたのか知りたいんだよ」
「まあ、それは…………随分と奇天烈な目的ですわね……」
「うるさいな、ラヴジョイこそ伯爵令嬢のくせになんで――――あ」
言っちゃった。
ぽん、と口を押さえた。
多分手遅れ。でも押さえる。
ふーと息を吐いて、レクセルはコーヒーを飲んだ。
「――――そういえば私、三日月パンを食べたんだー」
「それで誤魔化せたとお思いですの?」
「ぬ…………」
「冗談ですわ」
ラヴジョイは小さく笑った。
そーっと顔を上げるレクセルへ、軽く首を振る。
「知っていらしたのね。いつバレちゃったのかしら」
「……ジェミニで出発する時には」
「まぁ! 最初からですの?」
「所作がね……気品も隠しきれてなかったし……」
「照れますわね〜」
いいのかそれで……?
なんて思ったけど、何も言わないレクセルであった。
周りを見渡し、近くに人がいないことを確認して。
ラヴジョイは佇まいを正し、レクセルを真っ直ぐに見据えた。
水色の髪が、すっと下りた。
「――――では改めて。サングレーザー伯爵家が娘、ラヴジョイ•サングレーザーですわ」
「……ジェミニの舞踏会で、結婚を発表する予定でしたの」
静かに、ラヴジョイは語り出す。
「お相手はお父様が決めてきた方で。何度かお会いしたけれど、悪い方ではありませんでしたわ」
「……ならどうして逃げ出したの? 恋愛対象として見れなかったとか?」
「いえ。相手に不満があったわけでは――――ただあまりにも性急に過ぎるのでは、と」
はぁと小さくため息をついて。
「一昔前ならともかくですわ。この現代に娘の意思を確認もせず、急いで旦那を充てがおうなどと……もちろんわたくしは伯爵の娘ですし、政略結婚は仕方がないとは思っていますけれど。でももう少し、受け入れる時間くらいは頂いてもよろしいのではなくて? わたくしの人生の分岐点ですのよ?」
一息に言い切った。
せせらぎのような声に熱がこもる。
「それにわたくし、恋をしたことすらありませんのよ? 自分の恋愛対象が、男性か女性かもわからない――――それどころか、どちらかといえば女性のほうが魅力的に感じますの!」
「そ、そうなんだ」
「まあ殿方がお相手でも、もう数回ほどお会いすれば、そのような感情になるかもしれないのに……全く愛のない状態での結婚だなんて、相手の方にも失礼でしょう……!」
「…………そうだね。確かにそうだ……」
「理解して頂けて?」
「……あぁ」
レクセルは、小さく頷いた。
胸が、ちくりと痛む。
父親の都合で、有無を言わさず結婚させる。
おそらく、早く身を固めさせるためだろうけど。
それはすなわち――――価値観の押し付け。
私が、ハレーにやったことと同じだ。
同性での交際は間違っているという価値観を、押し付けた……。
奥歯を噛み締めるレクセル。
ラヴジョイは張り詰めた息を、ふっと吐き出す。
「……まあ、わたくしも子供ではないですし。政略結婚は、伯爵家に生まれた以上は仕方ありませんわ。この期に及んで、結婚をしないと意地を張るつもりはありません」
「――――それなら、なぜアルマに……?」
「決心をつけるためですの。アルマで休日を過ごし、運命を受け入れる――――」
ラヴジョイはいったん言葉を切ってから。
微笑んで、言った。
「――――〈アルマの休日〉に出てきた、あの王女様と同じように」
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