#31 レクセル、アルマへ向かう
「――――ああん、臨検だって?」
出発する寸前で止められた、5人乗りの小型旅客機。
そのパイロットは、突然乗り込んできた警備員を迷惑そうに睨みつけた。
「邪魔して悪いがこっちも仕事なんでね。こういう客に見覚えはないか?」
「……ああ?」
差し出された写真には、1人の女性が写っていた。
まるで陶磁器のような肌、編み込まれた髪に大きな瞳。
モノクロ写真だというのに、キラキラと鮮やかな光までが伝わってくるような、恐ろしく整った容姿だ。
吸い込まれるように、思わず顔を近付けかけて、パイロットはハッと目を背けた。
「……知らないね。こんな美人を乗せてたら客席が気になって操縦どころじゃねえよ」
「……お前さん、それでもパイロットか?」
「あんたこそ、この美人が同僚だったらまともに仕事できんのか?」
「もちろん、彼女の身辺警護を完璧に果たすだろう」
「同僚を警護してどうすんだよ」
ふっ……と苦笑し合った。
美人には弱い2人である。
一応客席を確認しに行ったものの、警備員は首を振って戻ってきた。
見かけたらすぐ連絡するようにとパイロットへ伝え、手間を取らせたと軽く会釈する。
「おうよ――――だがやけに急だったな。あんたら警備員は今、この飛行場を一斉に臨検してんのか?」
「そうだ。1人乗り以外の飛行機は全て臨検対象でね、全く骨が折れるよ」
「そりゃご苦労なこったな」
「お互いさまだよ。では」
帽子を押さえ、警備員はタラップを降りる。
次の機体は……と見回した先で、白い単発機が滑走路を走っていった。
赤と青のストライプが目立つ、配達人の機体だ。
「――――あれはどう見ても1人乗りか」
するすると飛び立つ翼を見送りながら、警備員は小さく呟いたのであった。
「ふふ、やっぱり怪しまれませんでしたわね」
「そうですね」
まんまと臨検をすり抜けた〈スー〉の中で。
座席越しに聞こえてきた声に、レクセルはやれやれと首を振った。
「……乗り心地、最悪じゃないですか?」
「快適ですわ。それも思っていたよりずっと」
……嘘だろ?
信じられない顔になるレクセル。
クッションまみれとは言え、シートベルトすらないというのに。
「――――だって全然揺れないのですもの。レクセルさんは本当に操縦がお上手なのですね」
「……それはどうも。人を乗せて飛ぶのは初めてなので、気になることがあったら言ってください。なるべく配慮します」
「ではひとつ」
「早いな……」
くすくすと笑い声。
レクセルは、んんっと咳払いをした。
「……なんでしょうか」
「話し方なのだけれど。タメ語でいいですわよ」
「全く操縦に関係ない! ……え、なんでですか」
「そのほうが仲よくなれると思いましたの」
「そんな仲よくなる必要ありますか……?」
「大ありですわ。だって、わたくしの命を預ける方ですもの」
「…………」
確かに――――と思ってしまい、レクセルは黙った。
「けどなあ……お客さんにタメ語っていうのも失礼かなって思いますけど」
「ふふ。レクセルさんは気付いていらっしゃらないかも知れないけれど、言葉の端々に混ざっていますわ、タメ語」
「うそマジ…………ですか……?」
「ほら」
「…………失礼しました」
「いえ、いいんですのよ。わたくしのわがままに付き合ってもらっているのですから、少しでも楽をして頂きたいのです。ストレスが減ったほうが安全でしょう?」
「まあ、確かに。その通りではあります」
「ではわたくしのことはラヴジョイと。わたくしも、レクセルと呼ばせて頂いてもよろしいかしら?」
「ええ、わかりま――――わかった、ラヴジョイさん」
「レクセル? さんはいらなくてよ?」
「……ラヴジョイ。これでいい?」
「ふふ。上出来ですわ」
満足そうな声にレクセルはため息をついて。
揺れないようにゆっくりと、スピードを上げたのであった。
「――――空も楽しいですけど、地上はやっぱりいいですわね〜!」
もぞもぞと這い出してきたラヴジョイが、ぐぐーっと伸びをしながら言う。
紅に染まった空の下、〈スー〉のスイッチを切ったレクセルも降りてくる。
「アルマまでは1日じゃ着かないから、今日はここに泊まっていくよ」
「わかりましたわ。ところでこの場所は?」
「フライトインだよ。空路の休憩場所」
街と街の間、なにもないところ。
そんな場所にぽつんとある、小さな中継飛行場だった。
年季の入ったドアを開けると、切れかけた蛍光灯が弱々しく瞬いた。
かろうじて掃除と手入れはされてあるが、なんというか……ボロい。
もっとも、どこのフライトインも同じようなものだけど。
配達人は慣れっこだけど、ご令嬢(推定)が泊まるには少々よろしくないのでは……とレクセルは今更ながら思った。
「……ラヴジョイって、こういうところ大丈――――」
「まあ! ノスタルジックで素敵な建物ですわね!」
「――――夫そうだな……」
……杞憂だったらしい。
楽しそうに髪を振らして見回すラヴジョイ。
レクセルは苦笑しつつ、後ろ手でドアを閉める。
フライトインの設備は、待合室に毛が生えた程度のものだ。
無骨なスツールと長机がいくつか。
流し台に石油コンロ。
保存食が詰まった棚と、使った分だけコインを入れる鍵付きの料金箱。
そして、「宿泊室はこの奥」と書かれた案内板。
「なにかしら、隠れ家みたいでわくわくしますわ」
「へー意外。嫌がるかと思ったのに」
「面白いじゃありませんの! 給仕がいない食事なんて新鮮ですわ」
――――給仕がいない食事、ね。
ラヴジョイか伯爵令嬢だという情報は、どうやら間違いなさそうだ。
口に出さず、レクセルはそんなことを思った。
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