#29 レクセル、屈する
「……申し訳ありませんが、お受けできません」
考えることすらせずに、レクセルは断った。
詳細を尋ねる必要もない。
なぜなら。
「私の愛機は単座――――1人乗りです。他には荷物しか積めません」
「もちろん、存じておりますわ」
「でしたら……私ではなく、複座機のパイロットに依頼することをお勧めします。快適さを重視するなら値は張りますが小型旅客機でも――――」
「それでは、駄目なのです」
きっぱりと。
ラヴジョイは首を振る。
ぱちぱちと目を瞬いて、レクセルは首を傾げた。
「駄目、とは……?」
「わたくしを追ってくる者たちがいるのですわ。彼らを撒くために、飛行機に搭乗したという記録を残したくないのです」
「…………は?」
「ですのでレクセルさん。あなたの機体に、わたくしを荷物扱いで載せて頂きたいのですわ」
「……………………は……ぁ?」
いきなりの急展開。
上手く言葉が出てこなくて、レクセルは口をぱくぱくさせる。
ごくっと喉を鳴らして、なんとか頭を整理した。
「私の機体の、貨物スペースに乗りたい……ということですか? 座席がないどころかものすごく狭いのに?」
「ええ、追手は2人以上が乗れる機体に注目するはずですから。1人乗りの機体にまさか、もう1人乗っているなんて思わないでしょう?」
「そりゃ思わないでしょうよ、非常識だし危険すぎるし! 頭ぶつけますよ?」
「クッションを敷き詰めさせてもらいますわ。それにこのくらいしないと追手は撒けませんもの」
「…………もし略奪機に襲われでもしたら、敵弾が飛び込んでくる可能性もあるのに」
「ですからあなたにお頼みしたいのです。無傷で荷物を守りきった、レクセルさんに」
「………………」
ラヴジョイが微笑む。
じりじりと迫ってくる、静かな圧。
「…………あなたは、何者なんですか」
「わたくしはラヴジョイです。それ以外のことを、今は話せませんの」
「……なぜ」
「情報が漏れる可能性を少しでも減らすためですわ」
レクセルは奥歯を噛んだ。
困った顔を向けた先、代表はあぁと頷いて、
「厄介事を抱え込むことを危惧しているのなら心配いりませんよ、もろもろの責任は全てこちらが負いますので」
「……一応聞きますけど、私以外のパイロット候補は」
「そこにいなければいないですねえ」
「ちくせう」
「断ってもよいですが、非協力的ということで我が社からの評価がすこーしマイナスになりますね〜」
「脅しだろこれ」
ため息をつくレクセル。
後ろ髪をさすさす撫でつけて、首を捻った。
そしてもう一度、ため息をついた。
「…………わかりました。お受けします」
「まぁ! 感謝いたしますわ、レクセルさん」
渋々といった言葉に、ラヴジョイがぱんと両手を合わせる。
すすすと代表が寄ってきて言った。
「本件は内密に処理しますので、依頼達成後はここに戻ってきてください。アルマの〈ニュークリアス・エクスプレス〉への訪問は不要です」
「了解です。しかし犯罪臭すごいな……」
「受けた依頼はどんな手を使っても達成するのが我が社です。料金によりますがね」
「……さっき言い値とか言ってましたけど。それなりの料金取ってません?」
「…………」
「……本当に犯罪ではないんですよね?」
「今のところはそうですねえ」
「不安だなあ……」
しかし引き受けてしまったからには仕方がない。
遊便はただの配達人じゃないし、時にはこういう依頼もあるだろう。
レクセルはやれやれと首を振って、頷く代表の元、ラヴジョイと握手を交わしたのであった。
「まぁ、貨物スペースって本当に狭いのですわね!」
〈スー〉の側面についた小さな扉を開けて、中を覗いたラヴジョイは楽しそうに言った。
「だから言ったじゃないですか……本当に乗るんですか?」
「もちろんですわ。ごめんあそばせ……よいしょ」
レクセルの呆れ顔をも意に介さず、せっせとクッションを詰め込んでいく。
元々座席の裏の空きスペースというだけなので、5個も放り込むとすぐに一杯になった。
「ここに、んっ――――こうやって。いい感じですわね」
身体を隙間に差し込んで、クッションに包まれたラヴジョイはパタンと扉を閉めた。
一拍置いてから開き、満足げな顔がにゅっと出る。
いい感じだったらしい。
「どうかしら、レクセルさん」
「セクシーポーズ取らないでください」
この人、意外とお茶目だな……。
無意識のうちに気を許し始めたレクセル。
外に置いていたカバンを抱え込んだのを見て、そろそろ出発ですけど準備はいいですか、と投げやりに聞いた。
「ええ、問題ないですわよ〜」
「……了解です」
小さな扉がパタンと閉まる。
外から開かないことを確認して、レクセルは1つ伸びをしてから翼に上がり――――。
「――――レクセルさん、ちょっとお待ちを」
「……ん?」
呼び止められて振り返れば、小走りで駆け寄ってくる代表の姿が見えた。
するりと地面に降りると、隣に来た代表はふぅと一息ついて、きょろきょろと周りを見回す。
「ラヴジョイ様はどちらに?」
「もう〈荷物〉になりました。〈スー〉の中です」
「おや、ではお待たせしてはいけませんね。手短に済ませましょう」
どうやら用があるのはレクセルらしい。
別れの挨拶かな。それとも、お金の話?
「――――ラヴジョイ様の正体についてですが」
「正体って」
全然違った。
代表はちらりと〈スー〉を見てから、レクセルの耳元に口を寄せる。
「先ほど通達がありまして――――ジェミニ市内に滞在していたご令嬢が、滞在先から失踪なされたと。空路での移動が想定されるため、それらしき人物を見かけたら足止めと連絡をしろとのことです」
「……ラヴジョイさんが、その令嬢だと?」
「ええ。変装していらっしゃいますが、容姿の特徴も一致しております。それに、あの気品ですし」
「ああ……では名前も偽名ですか」
「それは不明ですね。貴族は親しい者にしかファーストネームを明かさないので」
「あ、あー……確かに」
……知らなかった。
ふんふんと頷いて、レクセルは振り返る。
「……では、依頼は中止と」
「いいえ、そのまま続行でお願いします」
「え……?」
「〈ダストテイル・エクスプレス〉は一度受けた依頼を放り出したりしません。どんな手を使っても達成すると先ほど言った通りですよ」
「それは立派なことで――――あ。……料金もらったからですか?」
「その通りです」
「その通りなのかよ! ――――失礼しました」
「いえいえごもっともな反応です。がめついことこの上ない」
「どの口で――――んぐ、危ない危ない」
レクセル、なんとかツッコミを抑えた。
なんでもありません。
あら、今なにかおっしゃいましたか?
ふふふ……とわざとらしく笑い合ってから、代表は小さなメモを渡す。
電話番号が走り書きしてあった。
「ラヴジョイ様に味方するか、足止めする側に付くか――――アルマへお届けした後の対応はお任せします。必要ならこの番号をお使いください」
「……これは?」
「通達を出した、サングレーザー伯爵家のものです。伯爵令嬢をアルマで見たとでも言えば、すぐに駆けつけるでしょう」
「サングレーザー伯爵家…………って、まさか」
少し記憶を漁って、レクセルは目を見開く。
どこかで聞いたような、その名前は。
「――――ええ。レクセルさんに宝飾品の配送を依頼した、スバル市の名家ですよ」
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