#28 レクセル、嫉妬する
「どうだった?」
「完璧……! 調整はいらない、最高だよ」
「そうか、それはよかったッ!」
テスト飛行を終えたレクセルは、喜びを隠しきれない顔で答える。
満足げにボップは笑い、レクセルの肩をバシバシバシバシ。
レクセルは肩こりが治った気がした。
「――――それではレクセルさん、本部の方へお越しください。早速ですが依頼についてのご相談を」
「了解です。どうもありがとう、ボップさん」
「ああ! 幸運を祈ってるよ、レクセルさん!」
片手を上げて、陽気なオレンジが去っていく。
その背中を見送ってから、2人は踵を返す。
「……気のいい整備士さんですね」
「腕は確かです、我が社きっての整備士ですから。これで女癖が悪くなければ言う事ないのですが」
「ボップさん女癖悪いんですか……?」
「まぁ完璧な人間なんていませんよ」
なんか前も|似たような人《ファースト市のシューメーカーさん》がいた気が……。
この業界、女癖悪い人が多いんだろうか。
自分のことは棚に上げるレクセル。
まぁいいやと首を振った。
愛の形は人それぞれだし――――。
「――――愛の形、か」
「いきなりどうしたんです……?」
「ああいや、なんでも」
レクセルは、〈スー〉を振り返った。
おろし立てのシャツみたいに、ピカピカの相棒。
〈スー〉は飛行機。言ってしまえばモノだ。
でも、レクセルにとっての特別という点では、ハレーと同じ。
どちらもずっと一緒にやってきて、レクセルが唯一無二の愛情を向けている、そんな相手。
その愛情は、同じ〈親愛〉なのだと思っていたけれど。
(ボップさんが――――っていうか。私以外の人が〈スー〉に触れても、別に嫌じゃない)
…………でも。
(私以外の誰かがハレーに触れるのは……?)
オーケー、考えてみよう、
誰かが〈スー〉で空を飛ぶ。うん。
私より上手く乗りこなせるか、って見ててやる。
誰かがハレーとデートするのは……なんで?
私のほうがハレーと仲よしだよ?
誰かがハレーの隣にいるのは……は?
そこ、私の場所なんだけど。
誰かがハレーと恋人になるのは…………。
ハレーと、恋人になる。のは。
ハレーが選んだなら別、に……。
誰と付き合おうが、ハレーの自由だし。
ハレーの気持ちを応援してあげ――――。
「――――いやだ」
「??? ……レクセルさん、具合悪かったりします?」
「あ……いえ。大丈夫です」
首を振った。少し強めに。
喉につっかえたものをごくりと飲み込み、次の一歩を踏み出した。
風に乗ってさらさらと、プラチナの髪がなびく。
片手で少し押さえながら、レクセルはため息をついた。
――――独占欲だ、これ。
なんとなく、自分の想いの輪郭がはっきりしてきてしまったみたいで、ちょっと癪で。
あるいは……少し怖くて。
察しかけた本心を、言葉にはしなかった。
「あっ代表! 駆け込みでいらしたお客様が、直接お話したいと!」
本部に戻ったとたん、慌てた様子のスタッフが飛んできた。
代表は落ち着くようにとゆっくり頷いてみせる。
「わかりました。ではレクセルさんの後に――――」
「それがっ……なんでも急を要する上に、料金は言い値でよいから最優先でお願いしたいとのことで……!」
「おやおや! 言い値でよいのですか」
「代表……?」
「オホン。…………なにか事情がありそうですね。しかし先約を無下にはできません。すみませんがお客様にはそうお伝えして――――」
「あ、私は後でも全然大丈夫ですよ」
横から口を出すレクセル。
急いでいるわけでもありませんし、私も一応会社側の人間なので――――とひらひら手を振った。
「ですが――――」
代表はなにか言いかけたが、1つ瞬きして口を噤む。
頷いて、すぐに判断を下した。
「――――いえ。それではお言葉に甘えさせて頂きますね。――――お客様にはすぐ行くと」
「了解です伝えてきますっ!」
「それから……レクセルさんは申し訳ありませんが、こちらの部屋でお待ちください」
「お気遣いありがとうございます」
そうやって案内されたのは、小さな応接室。
ソファに腰を下ろしたレクセルへ、別のスタッフが紅茶とクッキーを持ってきてくれた。
「――――ふう」
ふかあ、と沈み込む感触をじっくり味わいながら、レクセルは肩の力を抜く。
〈スー〉が帰ってきた嬉しさと、察してしまったハレーへの想いで胸が落ち着かなかったから、一息つけて助かった。
「沁みるな……」
紅茶の香りに包まれて、そんな呟きが漏れる。
思えば仕事だったりナンパだったり、やることに追われてばかりだった。
たまには落ち着くのも大事かもしれないな。
レクセルは微笑みを浮かべて、カップをふーふー冷まし――――。
「レクセルさん、緊急の依頼です」
「――――あああッヂュ!!!」
――――突然開いたドアに飛び上がった。
「あら、これは失礼いたしました」
「いえ――――お気になさらず……」
口の周りをフキフキするレクセル。
んんっと咳払いしてから尋ねる。
「ええと……緊急の依頼、ですか?」
その通りです、と。
代表が頷いて、言葉を紡ぎかけたちょうどその時。
「――――代表さん。わたくしからお話させて頂いてもよろしいかしら?」
するり。
代表の後ろから、まるで滑るような身のこなしで、1人の女性が進み出た。
歳はレクセルと同じか、少し上くらい。
透き通った水色のロングヘアは後ろで束ねられ、天馬の尾のごとくゆらゆら揺れる。
大きくて柔和な、しかし底が見えないほどに澄んだ瞳でレクセルを見てから、女性は優雅に一礼をした。
「初めまして、遊便さん。わたくしはラヴジョイと申します」
「……初めまして。レクセルです」
「レクセルさんというのですね。素敵な名前ですわ」
「それはどうも……」
その姿からは、どこか気品のようなものが滲み出していた。
わずかに緊張するレクセルに気付いてか、ラヴジョイは口に手を当てて微笑む。
不自然さが全くない、手慣れた仕草だった。
「代表さんからお聞きしましたわ、レクセルさんは相当に優秀なパイロットであると。略奪機に襲われながらも無事にこの街までたどり着き、しかも運んでいた荷物にはかすり傷1つ負わせなかったとか」
「……でも愛機を瀕死に追いやりました。荷物が無傷だったのは運がよかったからですよ」
「ご謙遜を、運も実力のうちですわ」
きっぱりと言い切って、ラヴジョイはゆっくりと瞬きをした。
柔らかなオーラが、するすると収束していく。
一瞬のうちに真面目な雰囲気を纏い直し、ラヴジョイはレクセルを真っ直ぐ見据えた。
「そんなレクセルさんに依頼します。――――このわたくしを、アルマの街まで運んで頂きたいのです」
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