#27 レクセル、妄想する
あくる日の朝。
レクセルの部屋にこんこんと、ノックの音が響いた。
「レクセル様、伝言が届いております――――こちらに」
「ああ、どうも」
ボーイから封筒を受け取り、ぱかりと開ける。
便箋を開けば、〈ダストテイル・エクスプレス〉からであった。
「機体修理完了、テスト飛行にお越しください――――明日の朝8時、飛行場にて……」
封筒を置く。
便箋は握り締めたまま、ぽすんとベッドに倒れ込んだ。
ふーぅと大きく、息を吐く。
「〈スー〉……よかった、直った……」
一緒にここまでやってきた、大切な相棒。
また一緒に、空を飛べる……!
「はは……ふふっ」
思わず笑みが漏れる。
カレンダーを見れば、ここに来てから5日しか経っていなかった。
1週間くらいかかると言われていた修理だが、どうやら〈ダストテイル・エクスプレス〉は優先的にやってくれたらしい。
「これでジェミニの滞在も終わり……なら、最後に散策でもしてこっかな」
いつもより、少しだけ上機嫌で。
レクセルはがばっと起き上がった。
「そこのお嬢さん、ちょうどパンが焼きたてだよ!」
「へえ……」
ふらふら。
「食べ歩き中の別嬪さん! 新発売のスパイスレモネードはいかがかな?」
「ほー……」
よろよろ。
「あなたは神を信じますか?」
「…………スゥ~(息を吸う音)」
すたすた……。
「ふぅ」
たまたま通りがかった公園へ入り、ベンチに腰を下ろす。
がさがさと手に持っていた荷物を置いて、
「なんでこんな買ってるんだ……」
――――今更我に返った。
食べかけのパン、飲みかけのレモネード。
まだ手を付けてない、さくさくアップルパイ。
数百年に渡って受け継がれてきた配合が売りの、伝統的なフレグランス。
極めつけは意外にもデザインがよい、愛の要塞のワッペン……。
「どこに貼るんだこれ」
自分にツッコみつつ、レクセルはため息をついた。
まぁ、買ってしまったからには仕方がない。
お土産にするか――――なんて考えながらパンをかじる。
ジェミニの街は相変わらず活発で、賑やかだ。
そしてカップルが多い。
ちょうど目の前を歩いていった2人をちらりと眺めて。
「…………ハレーと付き合ったら、か」
なんとなく、自分とハレーを重ねてみた。
ああやって手を繋いで、嬉しそうに笑い合って。
好き同士のまま、ずっと一緒に生きていく――――。
「――――今までとあんま変わらないな……?」
手なんてよく繋ぐ。
好き同士なのは当たり前、なんなら10年来の同居生活。
やっぱり恋人じゃなくてもできることだ。
というか、自分に限った話でもない。
ハレーと巡り合ったのが私じゃなくても、10年も暮らせば同じような関係性になるだろうし。
「私じゃなかったら……」
笑顔をきらきらさせるハレー。
ぎゅっと手を握って、その輝きを向ける先は。
私ではない、誰か別の女の子で――――。
「――――んた。あんた! 大丈夫かい!」
「……え?」
突然の声に顔を上げる。
買い物帰りと思しきマダムが、心配そうに覗き込んでいた。
「具合でも悪いのかい? すごい顔だよ!?」
「えっ……そうですか……?」
「ああ、真っ青だ!」
ぺたぺたと顔に触れるレクセル。
……確かに、なんだか冷たい。
もっとも、自覚してからは平温に戻りつつあるが。
「……ありがとうございます。もう大丈夫です」
「そうかい? 若いからって無理するんじゃないよ」
ざりざり、遠ざかる姿を見送る。
レクセルはしばらく、呆けたように座っていた。
立ち上がらずに、考え続けて。
「…………もしかして私、嫉妬した……?」
ぽつりと呟いた。
翌日の早朝、レクセルは飛行場にいた。
見上げた空には、軽やかに踊る白い翼。
「〈スー〉……!」
「とりあえず、大きな問題はないようですね」
振り返ると、〈ダストテイル•エクスプレス〉の代表がすたすたと歩いてきた。
挨拶を交わし、2人揃って機影を眺める。
「先ずはうちの者が動作確認をしておりまして。異常がなければこの後、レクセルさんにテスト飛行をお願いします」
「ええ、了解です。……それにしても、こんなに早く直して頂けるとは思いませんでした」
「いえいえ。命懸けでここまで運んでくださったのですもの、融通くらいしますよ」
お茶目に片目を瞑る代表。
レクセルは少し口角を緩め、ありがとうございますと会釈した。
しばらくして、〈スー〉は堂々と戻ってきた。
ぱるぱるぱる……とエンジンを絞り、2人の前ですとんと停止。
風防が開いて、パイロットが降りてくる。
燃えるようなオレンジの短髪の、見るからに陽気な20歳くらいの女性は、
「――――どこも異常なし、流石あたし!」
いきなり自信満々にサムズアップをしてみせた。
ぽかんとなるレクセルの隣で、代表がため息をつく。
「ボップさん、遊便さんの前ですよ」
「おや、そこの美少女がレクセルさんか! 心配ご無用、あんたのスコルピウスはこのボップが完ッッッ璧に直しておいたから!」
「どうも……ボップさんは、整備士?」
少し圧倒されつつ尋ねるレクセルに、またもやサムズアップして、パイロットはニカッと笑った。
「いかにも! 整備士兼テストパイロットのボップさ、よろしくッ!」
それにしてもレクセルさん、なかなかのじゃじゃ馬に乗ってるね――――とボップは〈スー〉を振り返る。
「面白い機体だけどピーキーすぎる! いつもこれで配達してるのかい?」
「うん、ずっと……意外と慣れれば楽だよ」
「ははっ、流石は遊便さんってことか!」
バシバシバシバシバシバシ背中を叩かれる。
レクセルは背骨が折れたような気がした。
代表は頭を抱えた。
「……ボップさん、レクセルさんに説明を」
「あいよ! この〈スコルピウス〉だけどね、壊れたところはもちろん、ガタが来てたパーツは新品にしといた。後は少しエンジンに手を入れさせてもらったよ」
「それは助かる……エンジン?」
「オーバーホールがてら、特別仕様の点火プラグをぶち込んだのさ。キャブレターも最適化したし、多少は出力も上がったはずだよ!」
まあとりあえず飛ばしてみてよと急かされて、レクセルは翼によじ登る。
靴の裏に、すっと吸い付くような感覚。
よく見たら、恐ろしく丁寧に磨き上げられていた。
「やるなら完璧にしたいだろ?」
視線に気付いたボップが笑う。
操縦席へ座ると、目の前がぴかぴかと輝きを返してきた。
計器盤、操縦桿、スロットルレバー――――まるですべてが新品のよう。
「中まで綺麗に……ありがとう」
「なんのなんの! 好みの操作感に調整するから、違和感あったら教えてくれよッ!」
「うん、了解」
少し弾んだ声で答える。
からからスライドさせて閉めた風防も、きいきい倒した操縦桿も、心なしかスムーズだ。
「――――よしっ」
スイッチ、オン。
間を置かず、すぐにエンジンが目覚める。
待っていましたとばかりに〈スー〉が身じろぎして、レクセルを軽く揺さぶる。
――――ただいま。
そんな声が、聞こえた気がした。
「……おかえり」
レクセルは微笑んで、スロットルを押し上げた。
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