#20 レクセルとオトナの夜
「――――レクセルはさ。なんの仕事してるの?」
「……配達人をしてます」
「配達人!? 若いのにすごいね!」
「いやいやそんな」
歳上と言ってもせいぜい20代後半の、シワひとつない顔を眺めながら、レクセルは首を振る。
別にすごくないと謙遜したが、フェイはそんなことないよ! と身を乗り出した。
「だってお客さんの荷物を任されてるんだよ? 信用されてるってことじゃない」
「そう……なんですかね」
「そうだよー!」
ぱしぱしと肩を叩かれる。
「ちなみに、スバルからはなに運ぶの?」
「……確か、宝飾品を一式」
「うわ、責任重大だ。どこまで?」
「ジェミニ市まで」
「けっこう遠いねえー」
大げさに手を広げたフェイに、レクセルは思わず笑ってしまう。
そんな2人の前に、マスターがそっとグラスを置いた。
レクセルが会釈すると、頷いて奥のキッチンへ引っ込んでいった。
「……これが」
「うん、ライムトニック。ノンアルだから未成年でも大丈夫だよ」
「でも、フェイさんお酒飲めますよね? 私に合わせなくても……」
「えー? だってお揃いのほうが楽しいじゃない」
からからと笑って、フェイはグラスを持ち上げた。
気を遣わせない物言いに、レクセルも思わず笑顔になる。
これが、大人の気遣い……。
「――――素敵な出会いに、乾杯!」
「っ、乾杯!」
かつん――――と、澄んだ音が響く。
グラスの中で揺れる、ぷつぷつの泡。
半月状のライムが浮かび、見た目からして爽やかそう。
レクセルはごくりと喉を鳴らし、そっと口を付けた。
「おいしい……」
「うふ、よかった」
弾ける炭酸、突き抜ける酸味。
少しクセがあるけれど、それがかえってオトナっぽい――――そんな初めての味。
「……お酒ってこんな感じなんだ」
「いやこれノンアルコールだってば」
レクセルは雰囲気に呑まれていた。
アダルトな気分に浸りながら、ちょびちょびグラスを傾ける。
「……フェイさんはいつも、なにを飲むんですか?」
「そうねえ――――ウォッカ・マティーニかな。ステアせずシェイクで」
「――――あー、ステアセズシェイクデー……」
「……本当にわかってる? まあいいけれど」
わかってない。
専門用語に首をひねるレクセルをよそに、ふっと笑ってフェイはぼやく。
「仕事終わりの荒んだ心がね、リセットできるのよ」
「荒んだって……お仕事はなにを?」
「ふふ、内緒」
からん、と氷が鳴る。
フェイは息を吐いて、カウンターへ肘をついた。
「――――レクセルこそ、配達人は大変でしょう。襲われることもあるって聞くし……」
「略奪機のことですか」
「そう、それ。 大丈夫なの?」
「まぁ……確かに危険はありますけど、襲われたら撃ち落とせば」
「へえ……!」
「こう見えて私、それなりに経験積んでるので」
ぱちぱちと拍手をされる。
少し得意げなレクセルへ、フェイは前のめりに顔を近づけた。
「もしかしてレクセルって配達人の中でもエリート? えっと――――そうそう、遊便ってやつ」
「……はい、まぁ」
「すごーいっ!」
目を輝かせ、フェイはグラスをぶつけてくる。
ノリで乾杯しつつ、レクセルの心はふわふわしてきた。
「遊便って、街から街に飛び続けるんでしょ? てことはレクセル、ずいぶん遠くから来たんじゃない?」
「ええソフィアから」
「うわあ遠いねえ……! そっかそっかー」
フェイはちろり、と唇を舐める。
意外と詳しいんですね? と聞いてみると、知り合いが配達人だったのよ……なんて含みのある返事が返ってきた。
少し悲しげな言葉に、レクセルは瞬きをする。
過去になにか、あったのかもしれない。
その人が略奪機にやられちゃった……とか。
「〈遊便狩り〉ってのもいるらしいし、気を付けてね」
「〈遊便狩り〉……ですか?」
「ここらで遊便ばかり襲ってる略奪機がいたの。最近は出没してないみたいだけど、何機も犠牲になったって噂になっていたわ」
「……まぁ、高価な荷物を運びますからね。狙われる理由はわかりますけど」
とはいえ。
遊便になるパイロットは経験豊富な腕利きばかり、略奪機に墜とされるなんて普通はありえないことだ。
――――見栄を張って遊便を騙っていた配達人がいて、それが撃墜された話に尾ひれがついたんじゃ?
レクセルはそう思うけれど、心配してくれているフェイの前で口に出す気にもなれず。
言葉に詰まっていると、目の前でコトリと音がした。
焦げ目の付いた、出来たてのホットサンドだ。
「マスターありがと。んー、いつ見てもおいしそう!」
「……お前さん、毎度同じことを言っているぞ」
「そうだっけ? まあいいや、ほらレクセルも熱いうちに食べましょ!」
ころりと表情が変わるフェイ。
早速ナイフを動かしながら促した。
「は、はいっ……」
レクセルもそれにならって、分厚いパンへナイフを入れる。
切れ間からとろけたチーズとハムが覗く。
フォークを刺すと、さくりと軽い音が鳴る。
レクセルが口に運ぶさまを、フェイは楽しそうに見つめていた。
「おいしい……」
「でしょうー!」
2人がバーを出たのは、19時過ぎのことだった。
ちょうど来た路面電車に乗り込んで、さらに先へと進んでいく。
街を周回する路線だから、上り線でも下り線でも来た駅に戻れるのだ。
窓の外では、星空のような夜景が流れている。
がたごと揺れながら、レクセルは夜のスバルをゆったりと眺めていた。
一際きらきらした場所を見つけて、目を細める。
「――――フェイさん、あそこは?」
「あぁ、イルミネーションしてるわね。見に行く?」
「いいの?」
「ええもちろん」
すぐ側の停留所で降りて、街道をさかのぼる。
確かこの辺に……と歩いていくと、大きな公園が現れた。
「わぁ…………」
思わず声が漏れる。
入口から奥に向かって、道の両側に植えられた木々が煌々と輝いていた。
惚けたように、立ち止まったままのレクセルを振り返るフェイ。
金髪が光を弾いて、ちかちかと瞬く。
「行きましょ、レクセル?」
急いで頷き、隣に並ぶ。
煌めきに包まれた道を、2人は揃って歩いた。
「――――今日はありがとう、フェイさん」
「いえいえ。エスコートはお気に召した?」
「うん、すごく素敵でどきどきした。私、女心がやっと少し理解できた気がする」
「あは、レクセルも女でしょうに。でもよかったわ、そう言ってくれるとワタシも嬉しい!」
そう言って笑うフェイは、とても魅力的で。
高鳴る鼓動を感じながら、レクセルは思った。
ハレーが私を見るときも、こんな感じなのかな。
女同士も、悪くないかも――――。
ぐるりと公園を一周し、再び路面電車に揺られ。
レクセルたちは、出会った停留所まで返ってきた。
「そういえばレクセル、明日発つんでしょう? 朝早いの?」
「ええ、8時に離陸なのでそれなりに」
「あらら、じゃあ早く寝ないとだ。ここでお開きにしよっか」
「はい。とても、楽しかったです」
「こちらこそ付き合ってくれてありがと! じゃあまたね、レクセル!」
「ええ。また会うことがあれば」
しゅっと片手を上げて、フェイは人混みへと消えていく。
レクセルはそれを見送ってから、足取り軽く、ホテルへと戻ったのであった。
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