#18 レクセル、ナンパ以前の問題
裸電球が照らす、黄色みがかった部屋の中。
ラジオのニュースが、航路を封鎖していた略奪機たちの壊滅を伝えていた。
「……ま、そうなるね」
「封鎖に参加しなくて正解だったっすね」
それを聞いて、頷く人影が2つ。
ワイン片手に呆れたような苦笑を交わす。
「所詮はチンピラの寄せ集め、数だけじゃ長くは保たないよ。こちらとしては競合が減って助かるけど」
「はは、親分の言う通りっす」
「……でも、1週間で壊滅はいくらなんでも早すぎない? 烏合の衆とはいえ、弱小国の空軍くらいの規模はあったはずだけど」
「それなんすけど、クソ強い配達人が出たらしいっすよ?」
「――――ほう」
親分、と呼ばれた人物の瞳がぎらりと光った。
空になったグラスを置くと、向かいの男がそそくさとおかわりを注ぎ入れる。
当たり前のように再び満ちたグラスを持ち上げ、くるくると回した。
「パラナルの配達人なら……エンベロープのツインテールかな? でもあいつ、無双するほど強かったっけ?」
「いや、どうやらたまたま来ていた遊便らしいっす」
「なに、遊便? 詳しく」
促された男は頷き、数日前を思い返す。
無法者たちの会合にしてはやけに詳しく交わされた、新たな敵の情報を。
「――――パイロットは若い女、それも異常なほどの美人なようで。んで機体は〈コマ・エクスプレス〉所属の〈スコルピウス〉なんすけど、武装が普通と違って大砲1つ。なのにめちゃくちゃ当ててくるらしくて、後ろに付かれりゃ一撃でお陀仏だとか……はは」
男は乾いた笑いを漏らした。
あまりにも出来過ぎたヒーロー像。
思わず誇張を疑う内容だがしかし……親分は前のめりに頷いている。
マジかよ。
「……さすがにありえなくないすか?」
「いや。事実封鎖は破られてるし、あながち嘘でもないんじゃない? なかなか愉快な配達人がいるみたいで嬉しいなあ」
にやりと笑い、波打つワインを見つめて。
赤い液体を一息に飲み干し、親分はほぅ……と息を吐く。
その瞳に、大きく火が入った。
「――――よし。彼女の翼はこの手で折ろう」
「……おお、親分自ら! 久しぶりっすね」
「最近の遊便は軟弱だったからね、わざわざ墜とす価値もなかったけど……今回のやつは楽しめそうだし」
戻ってくるまでの統率は任せた――――と上機嫌に言って、親分は部屋を出ていく。
直立して見送りながら、男は苦笑して呟いた。
「〈遊便狩り〉――――はは、あだ名通りおっかねぇや」
〈スー〉は無事にパラナルの隣町、スバルへと降り立った。
久しぶりの航空便として大歓迎を受ける中、地元の郵便会社――――〈ヘッド・エクスプレス〉と打ち合わせを行う。
荷物の受領と次の依頼を確認し、レクセルは担当者と握手を交わした。
「――――それではお手数おかけしますが、出発までに私の機体に補給をお願いします」
「そのことで1つ、確認させて頂きたいのですが……ご愛機の使用弾薬は37ミリ砲弾でしょうか」
「ええ、そうですが――――なにか問題でも?」
首を傾げるレクセル。
〈スー〉が搭載している37ミリ機関砲の砲弾は、他の飛行機ではあまり使われないものの。
元が戦車砲ということもありレアではないので、どこの飛行場にも多少のストックはあるはず、なのだが――――。
「37ミリ砲弾の在庫が、ない……?」
「申し訳ない……。封鎖の影響もあって、使用頻度の低い弾薬は調達できていないのです」
頭をかきながら説明する担当者。
レクセルの首筋を、冷や汗が流れる。
出発前、パラナルで補給はしてもらったが……少しでも機体を軽くするために弾薬は半分しか積まなかった。
しかもビエラを助けるために敵を墜としたから、今の〈スー〉の残弾は6発。
戦うには少し、心許ない……。
「……では、燃料と整備だけお願いします。必ず略奪機に襲われるわけでもないので、戦闘さえなければ大丈夫ですから」
「そうであることを祈っております。せめて整備の方は、うちのベテラン整備士を充てますので」
「ご配慮、感謝します」
会釈を交わし打ち合わせが終わる。
ぜひ歓迎会にと誘われたが、疲れているからと遠慮して、レクセルは充てがわれたビジネスホテルへ向かった。
「…………」
時折、ちらちらと視線を感じる。
昔から容姿を褒められることが多いせいで、整っているという自覚はある。
しかし謙遜を返すのか、でも行き過ぎれば嫌味になるかも、なんてひとしきり悩んだ末、レクセルは面倒くさくなって、軽く流すことに決めていた。
好奇の視線には、もう慣れているはずだったが。
……いつもより少し気になる。
あぁ、余所者だから余計に目を引くのかもな。
レクセルはそう結論付けて、ストレスちっくな思考を追い出した。
「……へぇ、路面電車が走ってる」
何気なしに目をやった道路には、レールが走っていた。
少し辺りを見回すと、並んだ自動車に混じって四角い車両が近付いてくるのが見える。
キイィと金属音を挨拶に残し、通り過ぎていくそれを見送りつつ、街道を歩く。
理路整然とした町並みのおかげで、迷うことなくホテルに着いた。
「――――ふぅ」
制服をハンガーに掛け、レクセルはベッドへ身を投げた。
軽く目を閉じ、さっきの打ち合わせを思い返す。
――――出発は明日の早朝。
目的地はジェミニ市、地元の名家サングレーザー伯爵家から宝飾品一式を速達する依頼。
当地の舞踏会で使うものらしいが、参加するために先行しているご令嬢がスバルの本邸に忘れていってしまったらしく、確実に届けてほしいとのこと。
舞踏会まではまだ日があるが、万が一のことも考えて速達にしたらしい。
でも速達はせっかちすぎないか、と思うレクセルだった。
そういうわけで、スバルでの滞在は1日だけ。
「だらだら休みたいけど、そうも言ってはいられないか……」
レクセルは体を起こして着替えを始めた。
勤勉に見えるが――――それは仕事のためではなく。
……もう1つの目的のためであった。
お馴染みの革ジャンに身を包み、レクセルはホテルを出る。
仕事終わりの夕方ということもあり、往来は多い。
立ち並ぶレストランも休憩明けで表札を翻し、気持ちよく酔いたいおじさまトリオがカランとドアベルを鳴らしていた。
当てもなく歩きながら、レクセルは思考を巡らせる。
ナンパするなら人が集まるところが狙い目だけど――――公園? それとも百貨店?
「……この街、初めて来たしなぁ」
人気スポットなんて知らないし。
ナンパといえばお酒絡み……バーなんておあつらえ向きなんだろうけど、未成年だし。
そんなレクセルを、チンチンとベルを鳴らしながら、路面電車が追い越していった。
ブレーキを軋ませて向かう先には、こじんまりした停留所。
小さな規模に見合わず、到着を待つ列が長く続いていた。
「――――そうか、あれに乗れば!」
そしてみんなと一緒に降りれば、おのずと人の多い所に行けるんじゃ?
ひとつ頷いて、レクセルは急ぎ足で道路を渡る。
ドアが開き、小さな車両へ人々が順に乗り込んでいく。
その最後尾にしれっと並ぶ。
内心、少しわくわくしながら、列の流れに身を任せた。
「はい、発車しまーす」
ベルが鳴らされ、すし詰め状態になった車両はよたよたと停留所を後にする。
その後ろ姿を、呆然と見送る少女がひとり――――。
レクセルである。
乗り切れずに取り残されたのであった。
「……そんな」
「あはは! 残念だったわね〜」
漏れた呟きに、声がかかる。
思わず振り返れば、すらりとした女性が面白そうにウインクしてきた。
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