#15 レクセル、シャワーにて
次の日の朝。
「……どうしたの」
「――――っ! なんでもない!」
目覚めたら、なぜかじっと見られていた。
声をかけると、ビエラははっとなってそっぽを向く。
昨日の夜、なんかしたっけ……とレクセルは首をひねった。
「あぁ、話の途中で寝ちゃったことか。悪かった」
「別に怒ってないわよ……!」
どこか自分へ言い聞かせるようにビエラは答える。
……なんかとげとげしてるよな。
いくら考えても理由はわからず、レクセルは諦めて毛布を畳んだ。
顔を洗って髪を整え、少しばかりの化粧をする。
朝礼があるので、すこし急ぐ。
「――――何時からだっけ」
「あと10分で始まるわね」
配達人の制服に着替える頃には、2人とも、すっかりいつもの調子に戻っていた。
「――――皆のおかげで封鎖は崩壊しつつある。遅くても1週間後には、通常便を再開できるだろう」
女社長の言葉に、大きな歓声が上がる。
連日敵と戦っていれど、本来の仕事は郵便配達。
空戦はみんな、できれば避けたいのが本音なのだ。
安堵の囁きが配達人たちの間を飛び交った。
誰かがぽつり、ここまで長かったねぇ……と口にする。
3週間くらいずっとだもんねー、と誰かが返す。
その言葉に、いきなり社長が口を挟んだ。
「――――そう、ずっと物流は滞っていた」
まだ話は終わっていない。
ざわめきが収まり、配達人たちは背筋を伸ばす。
「封鎖は不可抗力、我々に責任はもちろんない。しかし荷物には、遅配が許されないものもある。封鎖解除を待っていては間に合わない」
「そこで、急ぎの荷物だけを先行して届けることにした。1機に積めるだけ詰め込み、他が略奪機を抑えている間に封鎖を強行突破させる」
再びざわめきが広がった。
なんて強引な。
しかし遅配を避けるには、確かにその方法しかない。
仕方ないか、といった空気が流れ出す。
全機ばらばらに突破を図るよりは生存率も高く、冷静に判断するならば最も優れた作戦だろう。
……突破する1機に、大きなリスクがかかること以外は。
「幸い、現在〈エンベロープ・エクスプレス〉には腕利きの救世主が来ている。……レクセル、頼めるか」
一斉に視線が救世主――――レクセルへ向かった。
この1週間で、誰もがレクセルの強さを実感している。
まとめ役のビエラでさえ、自分じゃ敵わないと認めるほどだ。
1人で敵中突破できるのは、実質レクセルを置いて他にいない。
期待と心配が溶け合った眼差しを一身に受け、小さく息を吐くレクセル。
顔を上げて、頷いた。
「ええ、お任せを」
「感謝する。決行は3日後、それまでは今の業務を続けてくれ。以上、解散!」
ばらばらと配達人たちが散る。
その中にひとつ、足早に近付いてきた靴音へ、レクセルは振り返った。
「……行ったら戻っては、来ないのよね?」
「そうだね、突破したら次の街へ行かないと。遊便ってそういうもんだし」
「そう……」
2人は滑走路へ向かって歩く。
いつもより口数が少ないビエラを見て、レクセルは軽く尋ねた。
「……心配してくれてんの?」
「心配なんてしてないわよ、あんた化け物みたいに強いんだし」
――――まぁ。
寂しくなるな、って。
呟きが、小さく付け足される。
ばっちり聞こえたレクセルは、ふっと笑みを漏らした。
「っ、ほんのちょっぴりよ! あと戦力が減るのは痛手でしょ!?」
「ビエラも強いから大丈夫だろ」
「ええそうねっ!」
つっけんどんに言って、たたたと愛機へ駆けていくビエラ。
その後ろ姿を少しだけ目で追ってから、レクセルは〈スー〉の元へと歩いていった。
戦いの日々は、あっという間に過ぎていく。
かちん、と残弾計のカウントがゼロを示した。
爆炎の中を突っ切り、〈スー〉は飛行場へ機首を向ける。
今日襲ってきた略奪機は、今撃墜したのが最後であった。
「危なっ、ギリじゃん……っ、はぁっ……」
荒い息をつき、レクセルは額の汗を拭う。
相変わらず出てくる敵が多く、本当に封鎖を崩せるのか不安になってくる。
強行突破は明日に迫っているというのに。
これが最後のあがきであると信じたい。
「――――レクセル、無事よね!」
上昇してきた〈スコルピウス〉が1機、隣に並ぶ。
こちらを見るビエラへ、レクセルはガラス越しに手を挙げた。
「無事、だけど弾切れ。そっちは?」
「あたしも。もう敵はいないし、帰るわよ!」
「了解……てか、なにもビエラまで残らなくても。みんなと先に帰ってよかったのに」
「あんたバカ!? いくら敵が少なくなったからって、1人で残すわけないでしょ! なによ、『後は私1人でやるから』って!」
ぷんすか無線が吠える。
確かにそうだな、とレクセルは少し反省した。
明日のイメトレとして、単機で大勢を相手取ってみたのだが……弾が足りなくなりかけた。
ビエラが残って、撃ち漏らしを追っ払ってくれなかったら危なかったかもしれない。
「まったく。……あー早くシャワー浴びたい!」
「……だな。今日は汗かいた」
「あたしたちの貸し切りかもね、みんな先に出てるだろうし?」
軽い雑談を交わしつつ、2機はパラナルへと戻ってきた。
整備士に弾薬補給を念押しして頼み、部屋から着替えをかっさらいつつシャワー室へ直行。
暖かい湯気は残っていたものの思った通り、同僚はもういない。
2人並んでキイキイとハンドルを回す。
熱いお湯を浴び、思わず吐息が漏れた。
「あ゙ぁあ〜……」
「……あは、レクセルおじさんみたい」
ビエラが笑って伸びをする。
彼女はといえば、気持ちよさそうに目を細めていた。
そのお腹あたりに向かって、レクセルはいきなりシャワーを向けた。
「ひゃあぁあ!?」
「……ふーん、なかなかえっちな声」
「さいってー! 仕返しよおりゃっ!」
「ふぃ〜〜〜気持ちぃ〜〜〜」
「目を細めるなあっ!」
笑い声が反響する。
ひくひくするお腹を押さえ、2人は一時休戦ということにして髪を洗い始めた。
しばらく、水音だけが大きく響く。
シャンプーの泡が、もこもこと流れていった。
「…………ねえ、レクセル」
「んー」
「あたしね? 最初はあんたのこと、顔がいいだけのクズ野郎だって思ってた」
「結構酷いな」
割と強火の評価に苦笑するレクセル。
まぁ出会って早々ナンパしたしな……と納得はする。
身体を磨きながら、少しずつ紡がれていく言葉へ耳を傾けた。
「……でも、あんたはとっても……いいやつで。周りをよく見てて、誰かがピンチの時には必ず助けに来るし。めちゃくちゃに強いくせに、それをひけらかさないし。……それでみんながあんたにオチてるのはちょっとムカつくけど!」
「……オトすつもりはないんだけど」
「だから余計たちが悪いの! ほどほどにしないと、いつか拗れて襲われちゃうわよ?」
「気を付けるよ。まあ返り討ちにするけど」
「飛行機操縦してる時の話じゃないわよ! あんた空じゃ敵なしだけど、地上ではどっか抜けてるんだからね!」
ビエラは自分のシャワーを止めて、立ち上がった。
座っているレクセルの肩を、しっかりしなさいよと軽く叩き――――。
ぴとり。
後ろからくっついて、言った。
「……油断してたら、こうやって刺されちゃうわよ」
お腹に回されたビエラの両手。
それをふにふにと触りつつ、レクセルは返す。
「でもナイフとか持ってないじゃん」
「…………はぁぁ」
ため息をつくビエラ。
きゅ、と手に力をこめて、抱き締めて。
「…………察しなさいよ。ばか」
か細い声で、囁いた。
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