14話 ロデリオットの学び
二度目の憑依によって、新たに分かったことがある。
俺はミクの体にいると魔法が使えないらしい。
一年の必修で習った魔力演習基礎では、魔力は魂に宿ると繰り返し言っていた。肉体はその魔力を流す回路であり、魔法の本質は魂にある。少なくとも、現代においてはこの考えが主流だった。
ただ、肉体が魔法を出力する回路の一つであるという教えに違わず、俺は魂がむき出しになっている霊体状態でも、慣れれば魔法を使うことができた。肉体と魂がセットになっていた時とは、勝手はだいぶ違ったが。
だからおそらく、ミクの体で魔法を使うには、ミクの体という魔力出力回路を知る必要がある。
まあ今すぐは、いくら俺が天才でも無理だろうな。それに、小川に海の水を流すように、俺の膨大な魔力をそのままミクの体で使えばどうなるか、ろくなことにはならないだろう。
魔力面ではお手上げだが、肉体の使い方という点では、慣れるのは早かった。一回目の憑依の時点で、俺は自由に歩いたり、走ったりできた。
だがもう少し早く憑依できていれば、アベルから二発ももらうようなことにはならなかった、マシな立ち回りはできた、と思う。
いっそミクの体に憑依することがなければ、俺は霊体で魔法を使えた。
ままならないものだ。
それもこれも、まだミクの意識がない時に入れること以外のパターンがわからないせいだ。どうやって抜けるのかも。
肉体があるときにやりたいことはあるが、こうも急にチャンスが来ると困る。今度は霊体の間に考えておくとして、目下一番の目的は、俺が憑依できる条件を見つけることだろう。
自由にミクの体を使えるのならば、キャサリンと恋仲になるなんて容易いことだ。
女の扱いなんで、ハーデンバルツ家当主して参加した社交会を思い出せば余裕だ。
とはいえ、いまからキャサリンのところへ行って好感度を稼ぐのは流石に不自然だし、準備不足だ。
それに、イェーグとの約束がある。
イェーグ。もといノクシア。南領の代表貴族と一体どういう関係なのか。場合によっては、というか、1番最悪なのはノクシアと恋愛絡みの関係であるパターンだ。セレスティアと俺の契約に関わる。
関係性を見極め、適切に処理しなければ。
王国のジョークに、こんなものがある。
体は北領、中身が東領、金遣いは南領、稼ぎは西領の男と中央で結婚しろ。
間違ってもその逆とは結婚するな。
古臭い世迷言だった。
確かに最も財政的に成功を収め、金の巡りが良いのも西領だ。当然、それに伴って消費が盛んだからこそ、稼ぎも良くなるのだ。南領貴族の富豪っぷりは過去のものだ。
加えて、北領は確かに最も過酷な雪原地帯を持ちその維持・開墾のための肉体仕事のイメージが強かった、が、今は東領と同程度だし、そもそも開墾には高度魔術式が必須。東領と同程度にインテリ系の産業も盛んだ。
まあ学園に通う奴らが、ある程度この傾向を持っているのは否定しないが。
体は俺(確かに俺は北領主として鍛えているし、神代精霊との血統契約によって丈夫な体をしている。それに、まあ美しい顔ではあるだろうな)、中身はトルセ・ストラハイム。三年生でシュナイザ・ウンツヴァルトといつも首位争いをして制しているという点でまあ賢いのだろう。金遣いは、強いていうなら、レオグラン・サルド・イェーグ・オルトナムケンか。いつも社交パーティーを開いている。俺は一度も行ったことがない。西はまあいうまでもなくウィートフィールだろうな。アダム・ウィートフィールの腹違いの兄。
とにかく今は、ノクシアとミクの関係を確かにしなければならない。もし、恋愛関係になりそうならば、それは困るからだ。俺はセレスティアに、キャサリン・はーデンバルツの恋愛を約束した。
この契約を違えれば、せっかく肉体にかけられた苦しみの鎖から時放たれたのに。俺の計画が崩壊する。
約束の庭園は、朝ミクが訪れた時と光の当たり方くらいしか変化なく、相変わらず人気のない場所だった。
落ちゆく西日の頬を熱くした。
ノクシアはすでに木下に立っている。組んだ腕によって強調される胸部。
でかいなぁ。
木に登るような非常識な振る舞い、男のような口調と短髪がなければ、キャサリンに並ぶ美女として学園生活は楽しく男を侍らせることもできただろうに。
俺はここ数日で見慣れ、完全に模倣した笑みを貼り付けた。
俺は、ミクシリオ・クーロであるという暗示。肉体は正しく彼のものなのだから、その動きをなぞるのはそう難しいことではない。
だが、ノクシアは目を釣り上げた。
「お前、だれだ? クーロじゃないだろ。変装か?」
彼女は眉間に皺を作り、不信感を隠さない。野生を思わせる眼光。彼女の短く白い髪がチリチリと逆立つように靡いた。
なぜバレたのか。彼女がある種の確信を持ってそう言っていることはわかった。
「ひどいな。呼び出しておいて、偽物呼ばわりか」
彼女はゆっくりと目を細める。
「いや、でも、間違いなくクーロだ……どういうことだ」
イライラと組んだ腕を握り締めて彼女は言った。
ノクシアに継承権はないが、王国の四家の血を継いでいる。きっと俺の家でキャサリンがそうであったように、予備としての教育を受けているのだろう。そう言った相手に嘘は無意味だ。
「憑依、いや、正直自分でもわからないが、俺はクーロじゃない。魂だけ、憑依しているような状態だ」
敵意がないことをアピールするように両手をあげて認めた。少し喋りすぎたか。久しぶりの俺としての会話なせいだろうか。
「なっ、ど、どうやったんだ!?」
その返しはおかしいだろう。どうして第一声がそうなる。普通、「嘘だ」とか「どういう意味だ」とか、俺の言葉の前提を疑うだろう。どうしてこいつは疑わない。
事情がある。俺が知らない、ノクシア・サルド・イェーグ・オルトナムケンの。個人的なものか、家のものか。
もはや俺にとって家同士の関係なんて関係ない。癖になっているな。すぐ家単位での利害で考える。お家の教育の賜物だ。
青い顔をしたノクシアは、俺から指をそっと離し、今更取り繕うことを始めようとしているのか、スカートを正した。
「頼む。このことに関しては、オレから、いやオレの家から礼を出してもいい」
「情報はひとつづつ交換しよう。俺はミクシリオ・クーロでないことを教えたんだ。まずは、それくらい価値のある情報をお前も提示しろ」
単なる好奇心であり、南領との関係は一切ない。ノクシアは俺が情報を開示する可能性があることにほっと息を吐いた。
「オレ様は、オレこそが、」虚な目は、俺を写しているようには見えない。
ぐっと言葉を堪えようとする理性を突き飛ばすように彼女は言った。
「オレこそが! レオグラン・サルド・イェーグ・オルトナムケンだ!! オレは、オルトナムケン家の次期当主、レオグランだ、だったんだ……五年前、オレが十歳の時に、ノクシアと、入れ替わるまでは……」
こいつ交渉下手くそか?
それが真実なら、お前が何を望んでいるのか、類推できてしまうだろう。
何を望んでいるか、明かしている相手との交渉なんて呆れるくらい簡単だ。こいつは警戒するに値しない。
「オレ様の言葉に答えてもらう。どうしてそんなことができた?」
感情的になったことを今更恥じるように奴は言った。
「とある遺物を使った。使うまで、こんなこと、つまり肉体と精神を分割されるとは知らなかった。で、今度はこっちの番だ。お前が言っていることが真実だと証明できるものはあるか?」
嘘なら、ノクシアはイカれた女だし、本当なら、俺の身におきたこと、北領の精霊が肉体に終わらぬ苦難を科すことで魔力を与えたように、南領の神代精霊が求める代償が、精神に関することなら十分ありうる話だ。それに、昔に、こいつら兄妹とあった時と印象が変わったことにも理由がつく。
「……今すぐには無理だ。だけど、時間をくれれば、用意できる」
「そうか。あっ、一つ大事な確認があった。お前はミクシリオとどういう関係なんだ?」
「は?クーロと? ……クーロとは同じ授業をとったことがあって、まあ少し関わりがあるくらいだ。お前はクーロの体にずっといるのか?」
その問いは、こいつの目的のため、というよりミクシリオのことを心配しているようだった。なぜ、自分の望みを果たすより先によそ見をするのか。つくづく、呆れたアホだ。
「ふむ。間違っても、恋仲、とかではなさそうだな。いや、それならいい。条件はわからないが一時的なものだ。……俺から聞きたいことはこれ以上ない。ただの懇願だが、できれば、ミクシリオには俺のことを黙っていてほしい」
「クーロに伝えるつもりはない。 それより、頼む。お前がどうやってそうなれたのか、教えてくれ!」
ノクシアは風を切る勢いで頭を下げた。
「理由も、話すし……お前が望むのなら、オレがレオグランである証拠も出せるし、オレの、オレ達の目的も、はなすっ!」
言葉にしながら、ノクシアは一人で勝手に覚悟を決めたらしい。聞いてもいない事情を話し出す。これ以上は聞きたくないな。厄介ごとに巻き込まれようとしている。
「俺に何のメリットがある。言っておくが、俺は――」
協力しない。
俺の本心だった。そんなことより、キャサリンとミクをどうにか恋愛関係にしなければいけない。
なのに、俺の意識が揺らいでいる。
ミクの、肉体の根底に沈む魂を感じる。こいつなら、どう答えただろうか。きっと、深く考えずに、協力するとか、流されていただろう。
それとも、良心か、協力するのは。
いずれにしろ俺の意思と、ミクの意思は遠すぎた。
肉体から、魂が洗い流されるような心地。
「――っ、くそっ! 話はっ、聞いてやるからっ」
肯定的な言葉を並べても間に合わない。強制的にミクの体から追い出される。混乱しながら吐いた言葉を、しっかり拾ったノクシアは本当か、とぱっと喜んだが、俺はそこどころではない。
意識が、ミクシリオに戻る。




