11話 覚悟とか
「お前が、いつどこで、ロデリオットの野郎と仲良くなったか。このオレ様が当ててやろうか?」
組まれた腕に乗る双丘は、発言した少女の自信を表すように重力に逆らい挙立していた。
だが、少女が思い描いていた反応、「ええ! さすがイェーグ様! 全てお見通し、さすがです!」という絶賛の声は聞こえない。
代わりに、「へえ。言ってみてよ」と言わんばかりの主導権がそちらにあるかのような、冷めた視線を向けられる。
イェーグは震える拳を握りしめた。
――どいつもこいつもバカにしやがって。オレ様を誰だと思っていやがる。
「オレ様の推理、ありがたく聞けよ!」ビシリと指をミクシリオに突きつける。
「ずばり、お前の代筆小遣い稼ぎの顧客だったんだろ。ロデリオットは」
発言の瞬間、イェーグがつい先ほどまでいた木の枝が激しく揺れた。舞い散る茶けた葉が銀髪に落ちたことにも気が付かず言葉を続ける。
「それでお前は勝手に顧客と会ったんだ。これアベルにバレたら、やべーんじゃねえの? おお?」顎に手を当て、自信たっぷりにいう。まさか自分の推理が全く外れているとはつゆほども思わないで。
「……かもね」
アベル。その名前に、ミクシリオは汗を垂らした。アベル・ウィートフィール。
ミクシリオ・クーロはそもそも3等平民。本来なら中央聖都の学園に通う資格はない。そもそも中央どころか、氷侵の起こらない聖地に住む資格すらなかっただろう。だが、幸運なことに母の勤めていたウィートフィール家に母の死後も拾ってもらい、当主アダム・ウィートフィールはミクシリオが学園に通えるようにさえ手配してくれた。
住み込みという形で移住食を保証してくれた恩。学園に通う最初の入学金を払ってもらった恩。それは3年後にウィートフィール家に就職することで一生をかけて払うつもりだった。
アベル・ウィートフィールドさえいなければ、その人生設計は悪いものではなかった。
だが、残念なことに、ミクシリオの幸運はそこで終わったらしい。
「親父はもう支援しないが、どうするつもりだ? ミクシリオ」
アベルはきっと最初からこの案を通すつもりだったんだろう。
アベルが仲介して、ミクシリオが筆跡模倣魔法を使う。
学園を卒業するために、どうしても金の必要だったミクシリオはその誘いに頷くしかなかった。一庶民にはとても払えない学費を、どうにか工面する。足りない分はアベルが貸すという、魅力的な提案。
気がつけば、アベルという仲介人越しに、言われるがまま、この重大さはみないふりをして、頼まれるままに筆跡模倣の魔法を振るっていた。
どうしても先生の推薦文が必要だ。私文書偽造罪。
悪筆過ぎて精霊に契約を拒否された。精霊契約違反。
課題に必要な図書がある中央魔道図書館の入館許可証の期限が過ぎていた。認証書偽造罪。
どうして今更。キャサリンのことを、関わった人が、騙された人が、どんな不利益をふけるか。欠如していた感性が、ロデリオット、キャサリンへの嘘を通じて、ようやくことの重さが把握できた。いや、本当はわかっていんだろうか。ずっと蓋をしていた罪の数々。
いうまでもなく、私文書であろうと偽造したことがバレれば関係者全員の信頼は失墜するだろう。
契約書に書かれた文字が、己が主人のものでないと知った精霊がどうなるか。精霊学という人気授業の抽選から外れた庶民には想像もできない。
中央魔道図書館の入館に必要な一級魔法士のサインが、偽造可能であるとなれば、セキュリティは大幅改修されざるを得ないだろう。
どれも、その発端はミクシリオの魔法だった。
どんどん青くなるミクシリオの顔色を、イェーグは都合よく解釈した。
「まあ、オレ様は黙ってやってもいいが、代わりに、頼み事がある。夜、消灯が終わったらここにまた来い」
すっかり弱みを握った気になって偉そうに命令する。
ミクシリオが力無くうなづけば満足したようで、その場をさるのは止められなかった。
さらに進んだ庭園は、庶民寮に近くであまり手入れが行き届いてない場所だった。生垣の中に、ようやく本当の意味で一人になれたミクシリオは頭から突っ込んだ。
ぱきぱきと枝葉が折れ曲がる音がする。頬を掠る先端が痛みをもたらす。
だが、ミクシリオはそんな小さな痛みに構っている心の余裕がなかった。
「ど、どうし、ようっ……」
頬をつたる身勝手な涙さえ、嫌悪の対象だった。
「僕が、僕がっ、もっ、もし、ばれたら……」
アダムに言われるがままに魔法を使った最初の目的は、この学園を卒業することだった。
だが、今となれば、自分の起こしたことがバレた瞬間卒業どころか、就職先さえ失うだろう。
想像しうる最悪の未来が訪れた時、母がとっくに死んでることだけが、唯一マシに思えた。
しかし、死にゆく母が残した願いはどうなる?
立派に生きること。人を愛し、愛される人になること。
ミクシリオの罪が明らかになれば遅かれ早かれ、その二つともを裏切ることになる。
とめどない後悔と羞恥が形をとったかのように、瞳から溢れるものは止まらなかった。
「ふっ、うぅ」ボロボロの制服の裾で目元を擦れり、強制的に断つ。涙を止まれば、次は呼吸を整える。
全てを明らかにし、全てを失うか。全てを覆う嘘によって、全てを守るか。
覚悟を決めなければならない。
これから、信じてくれる人を騙すのだ。




