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それから二年後、今度は弟が「勧誘」されることになる。
弟は、近所の柔道場に入門以降めきめきと腕前が上達し、あっという間に道場では最強、小学校高学年の段階では県でも重量級のトップクラスの選手となっていた。中学では当然のように柔道部に所属し、個人戦では全国大会の常連であり、三年時には当然のように団体戦にあっては大将であり、主将を務めていた。弟は近隣の――いや、近辺でなくとも――柔道の強豪校にとっては十分過ぎるほどに魅力的な選手であった。ただ、スカウトにあったという話は少なくとも私の耳には一つも届いてこなかった。本人と親は聞いていたのかもしれないが。ただ、一件もスカウトがなかったとしてもちっとも驚きではなかった。というのも、何しろ、裏のお宅の父親は弟にとっては師であり、某高校柔道部の顧問である。弟の「恩師のいる地元市立高校への進学」は既定路線としか傍からは見做されておらず、声を掛けることすら憚られたことであろうことは、想像に難くない。弟も私と同じ地元の市立中学の出身であり、当然、地元の県の新聞社の主催する模試と地元の私立高校及びその系列校の主催する模試を受験していたのだが、その弟に前のお宅の父親から声がかかったのも、二年前の私と同じ時期だった。「うちに来ないか?」と勧誘を受けたのである。弟は柔道の選手として有名であったが、成績も優秀であることは知られていなかったらしい。弟の内申点は私を大きく上回っており、教師受けも大変良ろしく、内申の内容などは恐らく比べるべくもあるまい。私と違って社交的で友達も多く、何なら人望と呼べそうなものすら弟には既にあった。昼休みに友達と遊ぶどころか、ぼっちで、窓際で――席は廊下寄りだったとしても――何故か教室にあった鏡で日光を反射して早く動かしたり、その辺を照らしていたりしているか、教室の外に出ても、校長室の裏辺りに位置した池の縁に一人陣取って、残しておいた給食のパンをちぎっては投げ、ちぎっては投げして、池の中を悠然と泳いでいる錦鯉を餌付けするくらいのことしかしない、というかしていない様なやつとは圧倒的に、全然違ったのである。それは私の親についても言えることなのだが。私の父親も、友達の多い、誰からも好かれるような人望のある人だったというのだから、「それなら本当に私は誰に似たんだ?」としか思えない。色白は明白に母親からの遺伝なのだが。因みに、父親は私の眼の前で倒れ、そのまま亡くなってしまったのであるが、それまではそれこそ病気一つしない、健康そのものな人だったらしい。それなのに……。人生というのはそういうものだろうか? 再び話が横に逸れた。本題に戻そう。弟は級長の類を務めたことも一度や二度ではなく、生徒会長をやっていたりもしている。この辺は本当に親に似ている。そんな弟が、お向かいの父親から「勧誘」を受ける切っ掛けとなった、この人の勤務する私立高校の模試で収めた結果は総合でC判定とのことだった。これは入学金と授業料免除の待遇の特待生として特別進学科に受け入れることを示しているとともに、単純にテストの点数だけでも地元で一番の公立の進学校に入れるだけの学力はあることを意味している。つまり弟は、本人が望めさえすれば、学区内でトップの進学校に進学し、其処で柔道を続けることも十分可能だということである。元々弟は、件の私立高校の体育科に進むつもりなら、無条件で特待生として迎え入れられるだけの選手であった。其の上で、それなりの学力を備えていることまで明らかになったのだから、自校の教員である向かいの父親に改めて口説きにかからせたという次第である。
それでその後、弟がどうしたのかというと――




