31
「よく来たね。いらっしゃい」
と、お向かいのおじさん。
(どうやら、悪いことではないらしい)
少し安心した。いや、元から心当たりなどなかったのだけれども。
「さあ、どうぞ」
と、手招きするので、
「お邪魔します」
と、ぺこりと一礼して家に上げさせて頂いた。そのまま先行するお向かいのおじさんについてゆくと、私は応接間に招き入れられた。向かいのお宅へも何度も遊びに行ったことはあったが、この部屋に足を踏み入れるは初めてだった。
席をすすめられたので、向かい合ってソファに腰を下ろした。少し沈むような感覚がした。「単刀直入に言うけど、うちの高校に来ない?」
「はい?」
「君もうちの高校の模試受けたでしょ?」
「それはまあ。はい」
「本当は、結果はまだ秘密でね、各中学や各教師のところには伝えられていないんだけどね」
「はあ」
「君。中々大したもんだね。何しろ総合A判定だからね」
「はあ。そうなんですか」
眼の前の父親の所属する私立高校及びその系列校の主催する模擬試験の規模は、地元の新聞社主催の模擬試験よりも遥かに大きい。学区内や地元の県どころか隣接県、それどころか、その向こうからも受験者がやってくるような大規模なものである。必然的に受験者のレベルは上がり、問題の難易度も高い。地元新聞社主催のものと此の私立高校系列主催のものとの大きな違いは、試験の結果に基づき、前者が志望校の合格を下すの対して、後者が系列高校の合否判定及び合格した場合にどの程度の優遇を受けられるか――特待生の選抜試験を兼ねていることである。(総合判定が)Aというのは同校に進学した場合、最も偏差値の高いクラス(特別進学科)への合格確率が一〇〇パーセントということを意味するとともに実際の合格を確約し、若しも高校受験本番で他校を併願せず単願で受験した場合、最も良い待遇――入学金と授業料を免除した上で最高額の返さなくてもいい奨学金が給付される――で迎え入れるということを意味していた。お向かいの父親がおっしゃることには、私の中学には総合A判定が三人いたが、そのうちの一人が私だということだった。それでこうしてスカウトしているのだとか。特にほぼ満点であった社会の点数を褒められた。




