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現在の内閣総理大臣の二つ名は“増税(ク〇眼鏡)”と謂う。国民の誰が最初にそう呼んだのかは定かではないが。本人はそう呼ばれることがお気に召さず、ご立腹であるとのことであるが、既に国民の間に十分な納得を伴って浸透している。「然もあらん」としか謂い様が無い。其れこそ流行語大賞を受賞しても良い程にーー其れも余裕でーー人口に膾炙した筈であるが、候補にすらならなかった。因みに受賞したのは「ふ◯ほど」だそうな。どれだけの国民が、此の言葉を使ったことがあり…、という以前に抑これ程迄に世間に認知されていること自体怪しい単語の受賞は聞いたことが無い。文字通りに。受賞規準と世間との乖離が甚だしいにも程があるというのか…。「増税ク◯眼鏡」が候補にも入らないとは、どの様な色眼鏡を介したものかというのか、ザルと謂うべきなのか…。因みに此の世襲政治家の現首相――「どうして総理大臣になったんですか?」という子供からの質問に、「此の国で一番権力のある一番偉い人になりたかったから」と率直なお答えをお返している。
国民に新たな税負担を課す――政治改革(国民が望んでいるような)は遅々として進まないどころか全く進んでいないのに対して、こちらは流れ作業の様に極めてスムーズに可決されてゆく――に及んで、脅しのような警告を只管繰り返すばかりなのを「十分に説明責任は果たした」「十二分に説明はし尽くした」とは言わないし、多くの国民が望んでいないことをする、継続を切に欲していることを一方的に打ち切るに当たり、しかもそれを恬として、「一度『やらない』と決断したからには、絶対にやらない」「一旦『やらない』と決断したことは、シュミレーションする必要はない」とか断言するのは、明らかに“違う”のではあるまいか? 裏金の類がどういう用途に使われたかを訊かれた際に、「収支報告の記録は残っていないのだから、正当な用途に使われており、その先は調べる必要もない」という返答くらいには傲慢なのではあるまいか? そういえばこの時も、実に毅然としたものであった。誰がとは言わないが。この方は一体どなたの意見を酌んでいるのかは知らないのだが、もっと一般国民の声をまともに聞く耳をもっていても良いのではなかろうか? 抑々この人が自身の最大の長所と謳っていたのが、「国民の声を聞く」ではなかったのか? ジャケットの胸ポケットだか、ズボンのポケットだかから、手帳を取り出すパフォーマンス付きで、そんな文言を口にしていたのではなかったのか? 元側近が「そんな手帳は此れ迄見たことが無い」と証言する件の手帳ではあるが。
インボイス制度にて、一般国民に対しては実質的な増税、それどころか廃業せざるを得なくなる可能性を強いてまでもガラス張りであることを求めながら、自分たちはパーティー券の販売からのキックバックといった裏金の曖昧模糊なずぶずぶっぷり。「国民は納税。議員は脱税」と批判されても仕方がないのではあるまいか?




