その3の1(その2の4)
「一緒に居てくれるって言ったのに〜〜〜〜〜ぃ! 」
森羅万象が縁側で騒いだ。一軒家の縁側ではなく、保育所の縁側でだ。
「仕方が無いーー事だ。聞き分けてくれ……。俺も急な事で驚いているくらいだったんだ。」
俺はたじろいでいた。意外と。
森羅万象の勢いと声と言葉に押され気味になったからかもしれない。
「何でぇ!? 分かった時に言ってくれればーー! 何とかできたかもしれなかったのに……。」
「言おうとはーーしたんだが……。言い辛さもあったんだ。お前はいつも通り意地を張るし、俺はいつも通り言いたい事は言えなくーー伝えなければならない事は後回しになって……。」
そして、ずるずると日にちが過ぎていった。
伝えようとすればする程、邪魔でもするかの様にされーーまさか邪魔されていたのだろうか?
兎に角、伝えようとすればする程に遠離っていくように擦れ違うかのようになっていた。
「お兄ちゃんの能力がわたしにあれば良かった〜〜〜!! うわぁ〜〜ん!! 」
森羅万象は俺の引っ越し話に予想通り素直に落ち込んでくれた。ーーしかし、泣くとは……。
「引っ越しはーーするが、会えない距離じゃない。海外でもないからな……。」
泣いている森羅万象を励ますような言葉で宥める。
それは、自分を励まし、宥める為でもあった。
「引っ越ししたら、ーーもう遠くなるじゃん、存在が……。」
不安ーーというものだろう。女子特有のそれとかあれとか言われてはいるが、男子もーー男子だって不安になる……。
「遠くに居ても、お前を思う。ーーがしかし、お前以上に良い女が居れば俺もそれは定かでは無い……。」
「馬鹿ぁ!! うわぁん!! 」
「"馬鹿"か……。よし、真っ先に出会った女子と恋仲に成ろう。」
「死んじゃえ!! 」
「女の敵ぃ!! 」
「マジ調子乗んなよ晴明!! 」
森羅万象だけではなく、集まってーーお前ら出歯亀していたな? 出歯亀隊の女子たちが口々に言ってきた。
女子たちには自分でーー自ら『森羅万象の味方になってやってくれ』と先に念押ししていた為、容赦が無い。
「ーー晴明くんが彼女作ったらわたしも真っ先に彼氏作るねぇ♪ 」
「それはーー止めて欲しいのだが……。しかし、お前がそう言うのも仕方が無い……。」
「いや、森羅ちゃんに謝りなよ。」
男子にも口を挟まれた。仲の良くなった男子だ。双子の弟でーーいや、今は違う、人の紹介をしている場合ではない、言われた事を真に受けよう。
「すまん……。」
「わたしも馬鹿って言ってごめんなさいぃ〜……。」
また泣き始めた。こいつはあまり涙を流さない。それ故か、泣き始めると涙が止まらなくなる程のようだ。
「ーー他の誰かは作らない。」
「こっちもそんな予定無い、よ……。」
「ーー人の恋愛の〜、ごっこ遊びやめてくださる? 」
森羅万象の母親が笑いながらーー顔に笑顔を貼り付けたという表現が当て嵌まるか? そういった表情で俺たちを嗜めた。
「バレたぞ。」
「面白くないよこれ。」
過去に二人の恋愛のその様子を眺めていた事がある。あの時も俺はよく見ていたが、森羅万象は興味の無いような素っ気無いような感じだった。
前世で森羅万象は恋愛方面が苦手で苦手意識があったが、それが今世も抜けていないようだ。
「そうか? 俺は中々にーーまぁ、こんな形にはなったが、引っ越しは本当にする……。」
「うん、悲しいし寂しいよ。」
シリアスに戻った俺たちのトーンは打って変わって落ち着き、静かなものになった。
森羅万象は何故か満足しているような微笑むような微笑を浮かべていた。
「? なら何故笑っている……。」
「晴明くん、わたしの欠落(欠陥)知ってるでしょ? 」
首を傾げられた。
「感情の『笑』以外が欠落しているんだったなーーでもそれにしては、だ。何か良い事でもーー? 」
「当ててみせてよ! 」
楽しそうに言ってきた。当ててみせよう。
「そうか? そうだなーーふふっ、そうか。そういう事か。」
「確かにそれかも。」
森羅万象が顔を少し赤らめ、紅潮させて、はにかんだ。はにかむとこいつはこいつの兄や姉に似る。
「お前も引っ越すんだな? 」
「うん! 知ってた? 」
さっきまでの役は抜け、すっかりいつもの調子に戻った。森羅万象だけでなく、自分もだ。
「知らなかったーー否、噂は上がっていたな……。所詮噂だと思っていたが本当だったか。」
「本当だよ! ーー他にも引っ越す子がいっぱい! 」
『いっぱい』ーー?
「まさか親戚中で引っ越すんじゃないだろうな? 」
「そのまさかです……。」
今度は双子兄の方が口を開いて呟いた。
「今後ともよろしく、二人とも! 」
双子弟の方もいつもの様に軽やかに言った。
「本気と書いてーー」
「マジだよ、晴明くん。」
『みんな同じ町か隣町だよ! 』と嬉しそうに言った森羅万象に、次合う時は『町』と『街』の違いを教えてやろうと考えた。
「ーーじゃあ、また、な? 」
「邪魔なの? 」
「お前はまたそういう……。いや、また、な。 」
不安を煽ったのだと素直に認め、言葉を訂正した。
「うん……。」
「中学にはまた一緒に居られる。ーー泣くな。また目が腫れるぞ? 」
「うわぁ〜ん! やっぱり付いて行きたいぃ〜! 」
これは役ではなく、素の方だ。やはり素の方が母親に似ている。役に気をとられない方がーー下手に真似しない方が似ているという事も、今度森羅万象本人に教えてやろう。
「此方も『付いて来い』と言えれば良いのだが……。流石にそれは出来ない……。」
そう、此方の家に来させる訳にもいかないーー俺たちはまだそういう齢ではない。
「うぅ〜、分かってるよぉ〜……。」
「聞き分けが良いのは、お前の美点だ。失くすなよ? 」
「聞き分け悪くなりたい……。離れたくないもん……。」
「全く……。ーーお互い様だな……。」
とても名残惜しい……。この保育所で何時迄もこいつとーーそして皆と時を共にしていたいくらいだ。
そのくらいの安らぎと安堵と楽しみがあった。
ーーしかし、時は動く。
俺たちはここに留まっていられない。
直ぐにも、小学生になるのだ。
そしてーー……。
「ちゃんと中学生までーー」
考えている内に、惚けそうになってしまっていた。
「あぁ。誰もーー他の奴を探したりしない。」
「うん……。わたしも。探さないよ……。」
約束だーーと、心に誓った。
きっとお前は小学校に通う間に、小学を楽しむ間に、俺の事は希薄になるだろう……。
お前の記憶がどんなに希薄になっても、俺は約束を忘れない。
忘れないでいる。
ーー中学生になるあの日、鉄の雨が振り注ぐまで、わたしたちは束の間の人生を耐え抜いて生きた。
2026.9.20




