その1の2
「なぁ兄貴? 」
「ん、何? 」
「母さんたち来ねぇけど? 」
いつの間にか曇ってきた暗がりの小道をてくてく歩きながら、小さな子供たちは喋り始めた。
小道は小さな子供たちが歩いていると、一車線なのに二車線程に見えた。
「うん、遅れてるんじゃない? ーー来客だし。さ。」
「だ! し〜さ〜! 」
「うん。だ。」
幼女ーー妹ちゃんの言葉に長男くんが答えた。
「ーー沖縄行きてぇ〜。兄貴狡ぃ〜。」
あ、シーサー。そのシーサーか。
「狡くないよ。ちーちゃんも行くことになるから。沖縄。」
「し〜さ〜? (見に行くの? )」
「そ、見に行くの。姉さんと。」
「ーー何か変なんだよな〜、その話……。」
沖縄は姉さんが修学旅行で行くだけの筈だった。しかし、長男も付いて行くのだという……。
先刻、世間話に発展した会話の中で、この子たちの父親と母親が喋っていた。
「お兄さん、執拗いね。何? もうあの人たちと話終わったの? ーーもう少し時間稼いでくれても良いのに……。」
苛立った様子の長男くんが冷たく言い放った。溜め息まで吐き出しそうな勢いだ。
「兄貴、俺たちが遅い。」
「うん、お友だちと合流して公園で遊んで、そこでお茶とジュースで一服してまた道に戻って来たからね。でももっと時間が掛かってもいい話だったと思うんだけど? 」
君たちの時間潰しの所為であって俺の所為ではないなこれ??
「時間、無かったですか? 」
「ありませんでしたか? じゃない? 」
合流したお友だちが口々に心配し始めた。自分たちの所為で良くない事が起きたのかも?ーーと。
君たちの所為じゃない、君たちの所為じゃない、もう俺の所為です、済みません、そういえば小学生と園児らしき子供たちを付け回している状況下でした。本当に済みませんっ!!
「大丈夫、こっちの話だから。君たちは何にも悪くないよ。」
長男くんが態とらしく諭すように言った。良心が痛い……。
「"不甲斐無い父の所為"? 」
良心を痛めていると幼女から謎の言語が飛び出した??
「そう、今回も。不甲斐無いな、アンタ。」
「不甲斐無い? ーー急いで来てやったんだ。お前らだけで歩かせてたろ? 気にされた……。」
後ろから父親と母親が来ていた。当たり前だ。
ーーそう、海外ではオーソドックスな子供だけでのおつかいも、お散歩も、ここ日本では少し危険だ。
「ちょっとそこまでだよ。何? 気にされたの? 」
そう、ちょっとそこまでーーいや、気にするだろう! 悪いが気になるぞ長男くん! 君も小学生だ!
俺は親の心配に気づいて考えを改めた。そしてよくよく考えれば小学生の男の子たちだけならまだしも、幼児園児が一緒に歩いているのだ。見るからに心配だろう。
「あぁ。んだ。」
「『んだ』じゃないでしょ。日本のこと、履修して分かって来たんじゃないの? アンタ! 」
「奥さんみたいな物言いだな。」
「あんたもそう思う? 実は俺もそう見えるだよな〜最近……。」
次男くんが俺の発言に賛同した。
「奥さんはおっとりしてたな……。実は長男くんみたいだったりするのかい? 」
言語がブレた。小学生に語り掛けるの難しいな。案外……。
「? ーーどうだろ? 俺は見たことねぇけど……。」
「オレはね? 母さんに似てるって自覚あるけど? 」
首を傾げる次男くんの言葉に長男くんは応えた様子だった。
「母さんにーー? 」
次男くんは更に首を傾げそうだ。次男くん、その意識には俺も同意する。
「んぁ! 似てんな。祖父ちゃんに対する母さんだ。」
「あぁ! 」
「でしょ? 」
「つぅとーー反抗期だな……。」
「ビックリした! アンタ今頃気づいた!? 」
長男である男の子が細い目を見開いて驚いた。驚いて、驚きの起因である父を見上げた。
「あぁ。今気が付いた。」
「阿呆な家族? か? 」
「阿呆〜! 阿呆〜! 」
次男くんが首を傾げながら呟くと、幼女が羽をバタつかせる鳥の真似をしながら鳴き声の様に言い始めた。
「あ、お前がそんな風に言ってると……。」
近くの木から飛び立った烏が同じ様に鳴いた。(ーーあれは烏じゃなく阿呆鳥か? )
「ほら、鳴いたよ。あの鳥は烏だけど阿呆鳥みたいになっちゃったね。」
「森羅万象ですよ……。やっぱり森羅万象なんですね? 」
お友だちくんが呟いてから幼女に顔を向き合わせて聞くと、幼女は目をパチクリと瞬かせた。
「さぁ? どうだろ? 」
「森羅万象よりさ〜、あれじゃない? 」
もう一人のお友だちくんが言う、『あれ』とは? と、幼女に似ている何かを頭の中で探した。
それより、園児くらいの君たちが森羅万象を知っているんだなーー!?
「俺もそっち。そっちのソレだと思う。」
どっちのソレだ??
「かぁ〜! かぁ〜! 」
幼女が烏の真似をした。その幼女の真似をしてか、今度は烏らしく『カー、カー』と鳴いた。どうやら阿呆鳥ではないらしい。
「烏はカーカー鳴くんだよ。『阿呆〜』って言わせちゃ駄目。」
「恐悦至極ぅ……。」
「意味真逆ぅ〜。」
「阿呆だな。」
父親が幼女にーー自分の娘に言って良い言葉ではない気がーー……。
「あ! 自分が阿呆でしたって言いたいんですね? 阿呆じゃないですよ。良い子です。なでなで。」
「誰にも間違いはあるよ。」
お友だちくんが幼女を庇護する風に言葉を紡いだ。優しいな君たち。
「君は昨日ぼくのプリンを食べましたが……。」
「ね。」
「謝ってください。」
「御免御免。」
いや、兄弟喧嘩みたいなの、始めないでくれーー、一瞬前の感動を返してくれってなるだろ。
「昨日のプリン、弁償は? 」
「してあげよっか? お兄さんたちが」
「俺が買ってやろうか? ーー騒がせたみたいだし、な? 」
居た堪れなさが急に言葉に出て来た。何だろうか、この気持ちは……。
「有り難いお言葉ですが、結構です。本人に支払わせますので。」
このお友だちたち、幼児の見た目に反してしっかりしてるな〜と思っていたが、しっかりしてるな!
「塩対応マックスやばい。」
「ちーちゃん、"遠慮"。」
長男くんが次男くんを諫めた。
「はい。遠慮しました。」
お友だちくんの一人が肯定した。君、遠慮したのか。プリンくらい幾らでも買ってあげられるぞ。
「あと、"配慮"。」
「配慮もーー出来てましたか? 」
前をちょこちょこと歩いていたお友だちくんがピタっと立ち止まり、長男くんを振り返って聞いた。
「出来てるよ、大丈夫。」
「プリンプリン〜♪ 」
急に歌い出したーー、分かった幼女、さてはマイペースだな?
「そ〜れ〜いけ〜♪ 」
「プリン、プリン、プリン〜〜〜♪ 」
「何だろ? 食べたいのかな? 覚えているのかな、プリンの味……。」
長男くんが呟いた。幼女はプリンをかなり前に食べたきりらしい、美味しいと言ったら今度土産にでも買って来ようか……。
「ーー覚えてない……。」
「そっか。」
「? 」
何かーー長男くんの様子がーー周りにいる全員がシュンとしたようなーー?
「あぁ、アレルギーでな? ものが食えねぇんだ……。」
俺が不思議そうにしていると父親が疑問に答えると同時に幼女のプロフィールの一つを教えてくれた。待ってくれ、アレルギーは分かるが“ものが食えない”??
「喋れないのも何かーー? 」
俺は考えた事より先に気になっていた事を口が先に突いていた。
「? いや、分かんねぇな? ーー何で喋らないんだ? 」
「(わたしに言ってる? )」
幼女もさっきのお友だちくんの様にぴたっと止まって父親を振り返って顔を合わせた。
「そうだね、お前に言ってるね。」
答えたのは長男くんだった。多分、父親に何かを聞くために幼女は振り返り父親と顔を見合わせたのだろうーーという事が長男くんの言葉から窺えた。
「ーーあ。兄貴、前こいつに」
「うん、思い出した。知らない人特に男性がいる時はお喋りやめてって言ったの、お前ずっと守ってるんだね? 」
「あいっ! 」
長男くんの言葉に元気良くお返事をした幼女。幼女らしく舌が回っていない様子だ。『はい』って言える様になるのはいつ頃になるのだろう?
「偉い。良い子。」
「『あとちょっと阿呆の子で』ってーー『阿呆の子くらいで』って」
誰か判別が付かないが少女の様な声がした。長女にも似ていた様なーーあ、幼女か? 幼女の言葉だったか??
ーーもしかしたら母親の声だったのかもしれない……。
「あ、それは……。」
「僕が言ったね。良くなかった? 」
お友だちくんたちが順々に言った。『阿呆の子で』ーー? 何故だ?
「阿呆の子してる? 」
「……。」
長男くんが聞くと黙っている様子の幼女。いや、心を読む長男くんに心の中で答えているのかもしれない。
「ーー黙っちゃった。良いよ。許してあげる。」
「『阿呆の子可愛い』って言っちゃったからその子……。」
「お姉ちゃん、お口チャック!! してくださっ!! 」
幼女が大きな声を出した。ーーが、大人の聞こえるように喋る時の普通くらいだ。まだ小さいからだろう。
「言われたくない? はははっ、言っちゃおっかな〜? ♪ 」
お姉ちゃんーー長女の方は何だか楽しそうだ。楽しそうに幼女ーー妹を揶揄っていた。
「お、ね、え、ちゃ!! んっ!! 」
「お姉ちゃんだよ〜♪ 」
「成る程。喋らせない君の判断は正しい。」
俺は本音が口を突いていたーー幼女の声は鈴を鳴らした様だった。ともすれば、漫画アニメのキャラクターの様な響きでーーきっとこの長女も幼い時同じ声をしていたのだろうと彷彿させる。
「お褒めの言葉に素直に感謝。します。」
そうだった、長男くん、君は人の心を読める……。違う、俺は長男くんの判断を褒めたな。無自覚にも。
「ーー『阿呆の子』、というのは? 」
俺は気恥ずかしさから話を逸らす策戦に出た。長男くんは少し考えている様子で言葉を止めた。
「『ちょっとお利口さん過ぎるからさ、そのお姫様。』」
言葉を止めたのも瞬く間、答えが返ってきた。
「それはーーそうですね……。頭が良いんです。」
「君達もの様だがーー? 」
何か言いたげだったお友だちくん。お友だちくん二人共、それこそ大人を凌ぎそうな頭の良さが垣間見えていた。
「お兄さんお目が高いね。」
「はい、僕たちも頭は良くーーお利口さんです♪ 」
「すっごい頭良いよね二人。」
ん???
お友だち二人がご機嫌そうに言った後、幼女がピタリと足を止め振り向いて放った言葉は次男君にそっくりだった。君、そんなスルッと喋れるんだな?
「妹はお喋りは上手です。他のこともーー……。」
「もう喋って良い? 」
「もう少し我慢して? 」
「ーーーーーーお姉ちゃんと喋る時はお姉ちゃんが意地悪するから早口で喋れなくなるんだよ? 」
「うん、間を置いたら良いって意味じゃない。お利口さんじゃないな。ーーでも姉さんは確かにそう。」
「あれ? バレてた? 」
お姉さんーー長女ーー少女がけろっと言った。
「ん? あぁ、そうだったのか……。」
「頭が口がーー重くーーなるーーみたいなっ! もぉ〜〜〜! 」
幼女が長女の方にまた突っ込んで行った。ーー長女は頗る楽しそうだ!! そんな破顔するのかこの"お姉ちゃん"!!
「ーー実は母さんもできるけどーーね? 母さんもできるでしょ? 」
母親を振り返って言う長女の姿に、この家族ーー親族中が全員喋り掛ける相手の顔に顔を向けるのだとハッとした。
例えばソファーなんかで隔たれて座っている後ろに立っている人間に顔どころか目を向けないーーみたいな、そういう事が無いのだろうと。
「うん。お兄さん、それは無い。うちではね。他所様は知らないけど。」
やっぱり……。
「ん〜……。頑〜張れば、できるかしら? ね? 」
「だな。」
話が進行していた。そうだ、長女のやっている事を母親も出来るらしい、という事だ。
「父さんが解く方でーーだから、頑張って父さんの能力に目覚めてわたしの術を解かないと〜! 」
「何時まで経っても重いまま。ーーオレは解けるよ? 長男だからね。」
「だから兄貴は口早いのか……。」
「ちーはね? もう少し。」
「俺、もう少しだって。ーーお前はもっといっぱい。」
「むぅ。意地悪連鎖……。」
顔を膨らませた様な拗ね顔を披露した幼女。そのまま育ってくれと思わずにはいられなかった。
「お兄ちゃんだけだね。意地悪しないの。」
自画自賛している様だ。長男くん、さっきから話を掻い摘んでいるが、君もーー……。
「(意地悪してるわよね……。)」
「(あぁ。自覚がねぇんだ。)」
「そゆとこ。あ。」
『そういうところ』ーーか? だとすると、父親の言語が長男くんの地雷だということらしい。
「久しぶりに気を抜いた? 」
「知らない人がいるから……。人見知り。だよ、オレも。姉さんコントロール、」
俺の所為でーーと、少しだけ胸を痛めた。が、誰か外傷を負っているというものではなさそうなので会話を聞くことに戻った。
「がっつり人見知り、姉。姉さん。」
「がっっっつりよね。お姉ちゃん、人見知り。」
? ーーあ、人見知りでコントロールがーー?
「こいつはね、赤面。」
「見ないで〜。」
長男が幼女のプロフィールを追加しーーおぉ、幼女が普通に喋った。
「赤面症だよね、やっぱり。赤面する? させてあげようか? 」
「いりません。しません。」
お友だちくんが口説くように言った言葉にピシャリとした態度で答えたのは敬語を使うお友だちくんだった。
二人は敬語とその反転くらいの言語で喋る様だった。
真逆ではなく、何処か似ている雰囲気だ。
「炒めたチャーハンは? 」
「食べたいれす。」
今度はちゃんと幼女がお友だちくんに答えた。
「レタス? 」
お友だちくんが少しキョトンとした。何となくだけれど、チャーハンとレタスって合うかな? とか考えていそうだった。
「(舌が絡まりました……。)チーン」
「あら、お線香持って来てないわ? 持って来たら良かったかしら? 」
長男くんの能力が母親の遺伝であることが今明らかに。ーーやばいな、ということは……。
「チーン」
「ち〜ん」
「二回目言わないでくださいw」
お友だちくんはツボに入った様で笑っている。今のチーン二回は俺にだろうかとドギマギし始める。
この家族ーーいや、親戚中が心を読めるのだとしたらーー!?
ーー不意に幼女が袖をクイクイっと引っ張ってきた。
「耳打ちしたいんですよ、それ。」
笑いを引っ込めながら教えてくれたお友だちくん。短い時間だが、このお友だちくんが幼女のことをよく知っている上に些細なことを紹介してくれるということが分かった。
ーー耳打ち?
俺は不思議に思いながら膝を折り耳打ちできる体勢まで体を縮めた。
「"あのね、ーー本当は逆なんだよ。"」
「"逆ーー?"」
「"姉さんの能力。"」
幼女の潜めた声に釣られて自分もヒソヒソと声を出すと、その疑問の答えが返ってきた。しかし、俺は直ぐにはその答えの意味に気づけなかった。
2026.6.19




