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その1の1


これは、とある家族をある男が調査したレポートかもしれないーーその調査内容だ。


ーー始まりは、おかっぱのあの小さな……。

そう、現代で言う"花子さん"みたいな女の子との出会いだった。


俺はある機関から逃亡した人間を調査しているーーそう、監査官だ。


今日この小平の土地に足を踏み入れたのもその調査の為……。


(ーーあ、こいつら結婚してんな。)


資料を見れば俺には分かる。表社会からも裏社会からも同時期に消え、名前や年齢を隠し偽って生きているーーそんな二人の目撃情報が仲睦まじく隣に並び歩いて正に微笑ましく歩いていた、だ。確実だろう。


俺は、その確実を正確なレポートとする為に小さな家にーー(何だここ? 掘っ建て小屋か?)ーー脚を赴けた。


ピンポーンーーとチャイムを鳴らすが応答が無い。もう一度鳴らすか。ピンポーンーー……。


やはり応答が無いな。ふぅ……。


(一度出直すか)ーー考えている矢先にガチャリと目の前の戸が開かれた。


「ほら、もう行くよ。行こうよ、ちーちゃんも早く、ーー」


「? 」


ーー外には出られないだろう……。何を隠そう戸から出て来た小学生程の男の子の前に出されている幼女ーーん゛ん゛っ、ーー女の子が、俺に道を阻まれているからだ。


「ん? 何止まってんの? 立ち止まってたらほら、みんな出られないよ? 」


「ぅ、……。いらっしゃ? まし? 」


「『いらっしゃ』? 」


「"ヘイ!" "ラッシャ!" ーー? 」


(女の子の漏らした言葉を解読する謎解きが始まってしまった……。)


更に後ろからもう一人小学生程の子供の声ーー(女の子か男の子か判別が付かないな、一見男の子だが顔が可愛らしく……。前に立ち止まって居る幼女にそっくりだ。兄妹か姉妹だろう。)ーー俺は思考をそこで切り取った。


無理矢理仕事モードにーー調査に集中しようとした。


「ーーあぁ、いらっしゃいませか。いらっしゃいませ? どちら様ですか? 」


声を掛けられてしまった。(多分しっかりしている様だからこの男の子が長男だろうーー確か資料にもーー……。)


(無い。)


(無い!? えぇ!? 無い!! 資料が手から忽然とーー!? )


「ーーんぁ? 借りてんだ。己たちの事だな? 」


(無いと思ったら調査資料を抜き取られていたぁああ!! 誰だこいつ!? 嫌に飄々としたーーヒョロっと背高い……。あ、調査対象①だ。ーーヤッッベェぇえええ!!!!!)


「かぁさん、かぁさん、ーー? 」


「あら? 呼んでる? 呼ばれてるわね? 何かしら? ーー行って来るわね、姉さん。」


「えぇ、行ってらっしゃい……。(男が居るーー)気を付けて。」


(あれはーーそうだ、絶対そうだ! 調査対象②!! 細身の女性カッコ付きで太文字の天使←ココ重要と書かれた婦人ッ!! 婦人が天使って書かれていて良いのか!? その上重要とまで!? )


「貴方のお母さんではないのだけれど、呼んだのは私よね? 」


「あぁ、んだ。これ、見てくれ。」


「これはーー何かしら? 」


俺はもう無理だ、終わりだ、と頭を抱えそうになっていた……。調査対象②の姉であろう資料になかった御婦人に睨まれてもいるようだ。(ーーが、逃げ場はある。今のうちに空いている左の道から逃げーー……。)


「逃げられないよ? オレたち今からそっち行くから。」


(心を読まれたぁあああああああああッ!!!!!! )


心を読まれてしまった。俺はもう成す術がなかった。その場に硬直し立ち竦んだまま打ちひしがれるしかなかった。


幼女と目が合った。俺は自慢じゃないが背が高い。その俺を見上げているので幼女は頑張って首を仰け反らせている。グリグリのバッチリ開いた瞳がこちらをじっと見詰めて覗き込んでいる。


「ふぁ、ひゃ、は、は じ め、まして? 」


「ん? くすぐったの? 」


「笑った訳じゃあ、ねぇみたいだな? 」


そう、調査対象①の背高のっぽの男性ーー恐らくは確定でこのグリグリお目々の幼女の父親だろうーーの言う通り、俺はくすぐったくて笑った訳じゃない……。俺は自分が極度の上がり性なのだと、今気が付いた。


「"初めまして"だって。ほら、お前も出来る? 『初めまして』ーー」


「めるしぃ、ぼくぅ、」


「あら、そう。メルシーボクゥね。合っているわ。やだ! あの人たち、教えたのかしら? 教えたのね? 教わったの? お祖父ちゃんたちに? 」


「教わってたよ。 そいつよく家抜け出して祖父ちゃん家行くもん。」


「ちーちゃんそれ、」


「やばい、兄貴、これ言っちゃ駄目なやつだったか? 」


「うん、駄目なやつーーオレたちが怒られるやつ。」


「あら? よく分かってるわねぇ? ーー何で!! この子を!! あの家に近付けたの!? 」


(修羅場が始まりそうだーー子供と親界の……。)


「うん、今ね、開幕ーー」


「また心をーー……。」


やはりこの男の子は心を読めるようだ。レポートに書いておこう……。その前に良い加減調査資料を返して貰おう。


「ぁ、あの、資料をーー」


「んぁ? ーーアンタのか? 落としてたもんな。アンタのだな。」


意外にも素直に返してくれるようだ。ホッと胸を撫で下ろし、調査資料を調査対象から受け取った。否、調査対象に読まれてどうする……。


「穴があったら入りたい? 」


「ーーそうだな。」


「だぁ! (じゃあお祖父ちゃんの家に行こう! )」


幼女に手を引かれた。だぁ? 赤ん坊よりは足元もしっかり歩けているし、さっきは海外語で挨拶までしてくれたのだから赤ん坊のように幼い訳ではないだろうーー"だぁ"?? 


「ん、言語が抜けてる? 」


「あぁ、言葉がーーそれじゃね、誘拐。連れて行っちゃ駄目。」


心を読む男の子が幼女を窘めているーー俺はどうやらどこだかに連れて行かれそうになったらしい。いや、誘拐か? サイズがあべこべ過ぎないか?? 


「ーーそうね、駄目、ね? あの人たちに確認を取ってからにしましょう? ーーああでも、あなたたちは向かっていて良いわ。大丈夫、ワタシたちがこの場は何とかするから。ね? 貴方。」


「んぁ? んだ。大丈夫だ。」


「じゃあ遠慮なく。 ほら、お手々つないで行こう? その人の手は離してーーまさか離さない? 何かな、嫌だな、一目惚れとかだったら」


パッと幼女が手を離した。どうやら兄が怖いのだろうか? お兄ちゃんの鶴の一声で手を離した幼女はパタパタと駆け出して窘めたお兄ちゃんの横に行き、手を繋いだ。


「はい、良い子。お利口さん。ーーじゃあ行こうか。ちーちゃんも出ておいで〜」


「ん〜……。一目惚れ? とか、あいつすんのかなーー? 」


兄の逆横まで行くと『なぁ兄貴、そいつ一目惚れとかすんの? 』と聞いてそのまま並び歩いて行くーーあれは次男だな、とそこで何故だか気が付いた。


そして目の前にいる人物が代わり、戸の前まで出て来たこの少女ーー中高生(セーラー服を着ているのだから間違いない)ーーが、長女といったところか。(いや待てよ? 婦人は二人ーー全員が調査対象①②の子だとすると多い気がしてきたがーー? ……。)


「あの、お子さんは全員? 」


「? あぁ、だな。」


「ーーそうね、全員、うちの子。ですけど? 」


二人とも一瞬首を傾げる様に悩んでから答えてくれた。俺は何だかこれだけで、それだけで十分だった。


「そうですか。お子さん、多いんですね……。羨ましいです。ーー申し遅れました。監査官の」


「まぁ! 監査官!? 逃げて!! 二人とも!! 」


突然婦人の姉の方が叫ぶ様にーーいや、叫んだ。叫ばれた、えぇ? ……。


「姉さん……。」


「二人は中へ入ってーーお前もだな、中へ入ってろ? 父ちゃんが話、聞くから。な? 」


俺は今、改めて監査官というものが如何に人々を震え上がらせる存在かという事とその存在の威厳めいたものを思い知らされた。人々ではなく、こういった調査対象からの目線だけかもしれないが……。


「あ〜……。何か? 用が? 」


「あ、はい。お二人のーーその、逃亡後の生活について、差し支えなければ少しお話を聞きたくーー……。」


「"逃亡"? 」


「ーーん、貴方? 」


「ーーあぁ! 逃亡してんだった……。だな。中へお入りください。」


(この男性きちんとした言語も話せるんだなーーいや、待てよ、確かというか、そもそも某国からの逃亡で二人はそれぞれ別国のーー言語か。そうか、『ah』と『da』だ! 日本にいるせいで間延びして聞こえるが至って普通の現地語だ! )


俺は身を引き締めて戸の中へと入った。掘っ立て小屋の小さな戸なのに、それは何かの巨大な門を潜るような面持ちだった……。

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