第93話 報酬
サティエルたちが黒鉄傭兵団のもとに戻ると、陣地はまるで蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
誰もが丘の崩壊を目の当たりにし、何が起こったのかを口々に話している。
その中で、ベルンハルト団長が真っ先に駆け寄ってきた。
その顔には驚きと安堵、そしてわずかな恐れが入り混じっている。
「あれは……姫がやったのか?」
「そうだよ。丘を崩すって言ったでしょ?」
「ああ、聞いた。聞いたが……あれほどとは思っていなかった。天変地異かと思ったぞ」
ベルンハルトの低い声には戸惑いが滲んでいた。
サティエルは平然と肩をすくめるだけだった。
そこへ、息を切らせたジェロームが馬で駆け込んでくる。
数人の仲間もあわててついてきていた。
「今さっきのあれは……あなた方が?」
「はい。言った通り、簡単に敵をやっつけることができましたよ」
「……ああ、感謝いたします」
ジェロームは目の前の少女を見つめ、しばし言葉を探した。
「あの丘を切り裂く光、あれは一体……何だったのですか?」
「秘密です」
サティエルは微笑み、まるで大したことではないように言う。
「でも、これでしっかり報酬をもらえますよね?」
ジェロームはその言葉で、先ほど「報酬は後でいい」と言われた理由を悟った。
――なるほど、こういうことか。
これだけの力を見せられては、こちらが勝手に値を決められぬ。
むしろ、彼女の希望を伺わねばならないだろう。
「わかりました。では、あなた方の望む報酬をお聞かせ願えますか?」
サティエルはうなずき、指を二本立てる。
「希望は二つあります。
一つは――黒鉄傭兵団を数年単位で雇っていただきたいということ」
ベルンハルトとあらかじめ話し合っていた内容だった。
シノロ第三砦を離れた後、傭兵団の維持には資金も人脈も苦労が絶えず、
安定した契約がどうしても欲しかったのだ。
その提案は、グランフェルト家にとっても悪くない。
ジェロームはあの“丘を崩す力”を目の当たりにし、むしろ彼らを抱え込みたいと考えていた。
だが、傭兵団との長期契約を自分の裁量で決めるわけにはいかない。
「なるほど……では、もう一つの希望は?」
「リートス学園の蔵書を閲覧したいのです。それと、学者の方々と話もしたいです」
「学園? ……なぜまた、そのようなことを?」
「月と、ムーンゲートのことを調べたいのです」
ジェロームは思わず眉をひそめた。
月? ムーンゲート? よくわからないが、少なくとも彼女がただの傭兵ではないことだけは確かだった。
「……すみません。どうやら私の手に余るようです。
侯爵直々の判断が必要になりますので、すぐに連絡を取ります。
今日一日、お待ちいただけますか?」
「わかりました」
ジェロームはすぐに執務用の机に向かい、手紙をしたためると、
飼い慣らされた鳥の従魔に結びつけ、侯爵のもとへと飛ばせた。
今回の件について戦略的に情報を伏せたほうがいいと判断したジェロームは、軍の上層部だけに情報共有し、一般には山崩れに巻き込まれてゲルデン軍が壊滅したということにした。
丘の状況調査がてら、兵士たちを崩れた丘に派遣する。
彼らにとっては戦死した敵兵の遺品を集めも重要で戦場で得た武具や金品は、貴重な生活資金でもあるため我先にと駆け上がっていた。
傭兵団の者たちも同様に、負けじと瓦礫の中から武具や金品を回収していた。
サティエルたちは特にやることもなく、
戦後処理に追われるグランフェルト軍を遠巻きに眺めていた。
サティエルの功績に気が付いているのか、ただ、厳しいはずの戦いにすんなり勝利しうれしいだけなのか。時々兵士たちから礼を言われたり、おおむね好意的に扱われていた。
夕刻になり、ジェロームから報告が届く。
侯爵は屋敷に滞在中で、今後一週間のうちであれば面会が可能だという。
こうして、サティエルたちは侯爵邸へ赴くことになった。
誰を同行させるかで多少もめたが、最終的にメンバーは
サティエル、ベルンハルト、オフィーリア、シルヴィア、セレネの五人に決まった。
今回の功績はほぼサティエル個人のものであり、
求める報酬も彼女に関係する内容だ。
また、交渉の場では人数が多い方が心理的にも有利。
さらに、この五人であれば最低限の礼儀をわきまえている――という理由もあった。




