第92話 丘の上にいるので簡単です2
夜。
冷え込む空気の中、サティエルたちは岩陰に身を潜めていた。
グランフェルト軍が正面に位置するとすれば、彼女たちは丘の側面――敵にも味方にも見えづらい岩場だ。
「で、丘を崩すってどうやるの?」
シルヴィアが尋ねる。
「私が魔法を使うよ」
「へぇ、それだけ?」
「うん」
「その後に私の出番ね」
「うまくいったら、出番ないかも」
「えぇ? それはそれで物足りないなぁ」
サティエルたちの後方に控える黒鉄傭兵団にはベルンハルト団長(代理)が作戦内容を簡潔に伝えていた。
そして――夜明け前。
一応、敵に見つかる可能性もあるため サティエルはルーナの仮面をつけた。
そして、サティエル、シルヴィア、セレネ、オフィーリア4人が先行して静かに動き出す。
岩陰で身を屈め、サティエルは暗視の魔法を展開。
さらに“ろっくん”との視覚を共有し、敵陣の位置を正確に把握した。
夜明け前、丘の上ではゲルデン軍の大半が休息している。
サティエルは好機と判断した。
「じゃあ、やるね」
サティエルは岩場を出て、口の中に気を集中させ、魔力を詰め込み圧縮する。臨界点を超えるその瞬間――。
光がほとばしる。
白熱の奔流が空を貫き、闇を裂いて上昇する。
次の瞬間、サティエルがわずかに首を振ると、光線は丘を薙ぎ払った。
轟音。
灼熱。
丘の上部三分の一ほどの位置に赤くわずかに傾いた線が輝くと、そこから上の地面は滑りながら崩れ落ちていく。
ゲルデン軍本陣は、崩壊する地面に飲み込まれていく。
テントを飛び出したゴットヘルフ将軍は、地が波打つように動いているのを見て言葉を失う。
怒号も悲鳴も、轟音にかき消された。
巨大な丘が、ゆっくりと――しかし容赦なく、崩壊していく。
それは、ゴッドヘルフ将軍の力をもってしても抗えるものではなく、彼もまた飲み込まれてゆくのだった。
「……終わったよ」
サティエルが岩場に戻ると、三人は言葉を失う。まだ赤い輝きが残る低くなった丘を見つめていた。
最初に口を開いたのはシルヴィアだった。
「今の……すさまじい光は一体何?」
「魔法だよ。アースドラゴンを倒したときに使ったでしょ」
「え、あれ? そっか……って、待って。丘の“一部”を崩すって言ってたよね? 全部崩してるじゃん!」
「え? 崩したのは丘の上の方だけだよ。全体の体積でいえば、三十分の一くらい。一部でしょ?」
「いやいやいや! 三十分の一って聞くと一部っぽいけど、スケールが違いすぎるから!」
サティエルは首を傾げる。
シルヴィアはセレネに視線を向けたが、呆然としており、シルヴィアの話はまともに頭に入っていなかった。
「い、今の……何なんですか?山が、簡単に……切り裂かれたんですが……」
「そうなんだよ。あれ、強すぎて空に撃たないと危ないの。敵が丘の上にいてくれて助かったよ」
セレネはそういうことを聞きたいわけではないのだが、気が動転していてついサティエルに話を合わせてしまう。
「……丘の上にいるから“簡単”って、こういうことだったんですね......」
オフィーリアは胸の奥に重い不安を抱えた。
ラップレリアでは、彼女は力技を避けたので、油断していた。
だが今回は――これである。
オフィーリアは崩れ落ちた丘を見つめ、静かに祈るように目を閉じた。
どうか、彼女に敵意を向ける者が現れませんように――。
それが世界が滅ぶきっかけになりかねない。本気でそう考えるのだった。




