第74話 シルヴィアの憂鬱
エナメルの旅人+2は、これまでの道を引き返し、王都ヴァルシャを目指して歩き出した。
徒歩で五時間ほどの距離。他に移動手段はなく、ひたすら街道を進むしかない。
道中、シルヴィアは少し沈んだ顔をしていた。
――あの刺客を一人逃がした。
それが胸に重くのしかかっていた。
自分は強い。剣の流派「嵐牙流」の一族、カールソン家の中でも、本家から嫉妬されるほどの才覚を持つ。そう信じてきた。
だが――サティエルに加え、オフィーリアまでもが刺客を瞬殺してみせた。自分の剣は霞んで見えた。
「特別な力を持つ人間はいる。自分はその中には入っていないのではないか」
そんな考えが頭から離れずにいた。
「具合が悪いのですか?」
声をかけてきたのはセレネだった。
シルヴィアは咄嗟に笑みを作る。だが心の奥では、彼女の強力な結界や回復魔法のことがよぎり――「この人も特別な側だ」と思わずにはいられない。
「いえ、大丈夫。さっき取り逃がした刺客が戻ってくるかもしれないから、警戒してただけ」
「そうですか……。もし体調が悪いなら遠慮なく言ってください。回復いたします」
「……うん。ありがとう」
シルヴィアは頷いた。だが胸の内で呟く。
――足りない力は、回復ではどうにもならない。
結局、襲撃を受けることなく一行は無事に王都ヴァルシャへ到着した。
城門は兵士たちが多く、入城の管理も厳格だったが、問題なく通過できた。街を抜け、城へ向かうと、カルメロが使者であることを告げ、彼らは待合室に通された。
しかし――妙に待たされる。
時間が経つにつれ、オフィーリアの警戒心は強まっていく。
やがて声がかかった。
「準備が整いました。護衛の方々も、面会に同席してください」
「護衛まで?」オフィーリアが眉をひそめる。「なぜ我々まで呼ばれるのです?」
「女王陛下が、ぜひあなた方にもお会いしたいと」
オフィーリアは黙り込む。どういうことなのか。
「そちらの方々」案内役が視線を向ける。「公式の場ですので、そのマントは脱いでお越しください」
「……わかりました」
言われるまま、サティエルとセレネがボロのマントを脱ぐ。
姿を現したのは、高貴な美貌を持つ少女と、立派な神官服を纏う女性だった。
カルメロと案内人の顔がこわばる。護衛であるはずの者たちが呼ばれた理由に、彼らは勝手に納得していた。
カルメロは慌てて頭を下げた。
「知らぬとはいえ、ご無礼を。護衛までお願いしてしまい、申し訳ございません」
確かに、セレネは聖女として高位の扱いを受けても不思議ではない。
それに答えたのはオフィーリアだった。
「護衛は私たちの判断で引き受けたこと。お気になさらず。――では、参りましょう」
一行は謁見の間の方へ移動する。




