第73話 使者
エナメルの旅人+1の一行は順調にラップレリア王国を西へ進んでいた。
王都ヴァルシャを素通りし、街道の先へ足を伸ばしたそのとき――近くの林から血まみれの男が飛び出してきて、彼女らの前で倒れ込んだ。
男はシュレスタイン王国の使者、騎士カルメロだった。
三人は一斉に駆け寄る。最初に声をかけたのはシルヴィアだ。
「大丈夫ですか? どうしたんですか!」
男は朦朧とする意識のまま、封書を一通取り出して震える手で差し出した。
「どうか……これを、ラップレリア王国の女王へ――届けてください」
皆はその封印を見て沈黙する。差し出された親書と、血まみれの姿――命がけで届けようとしていることは明白だった。だが、状況がわからぬまま王都方向へ戻るのは危険も大きく時間の浪費やため返事を躊躇してしまう。
そんな中、セレネがあっさりと返答する。
「お断りします……」
言葉を聞いた騎士は絶望の色を浮かべ、意識を失った。
場が凍りつく。エナメルの旅人たちは思わず顔を見合わせた。
「この状況で、それを言えるってすごいね。確かに面倒ごとなのは間違いないけど」
「違うんです。回復すれば自分で行けるって言おうと……」とセレネは慌てて付け加える。
シルヴィア納得の顔をする。
「ああ、そう言うことね。なら、まず回復させよう」
セレネは騎士を道脇に移し、ひざまずいて詠唱する。
「ヒール――」
だがその瞬間、オフィーリアが鋭く声を上げた。
「あやしい三人組が近づいてくる。気をつけて!」
オフィーリア、シルヴィア、サティエルは咄嗟にセレネの周りを固める。三人の剣士が近づき、囲い込むように止まった。
一人が前へ出て、低い声で要求する。
「その男を渡せ。さもなくば痛い目を見るぞ」
「状況を説明してしてくれない?」オフィーリアが冷静に返すと、男は苛立ちをにじませて襲いかかった。
踏み出した瞬間――足元の地面が液状化し、膝まで沈む。オフィーリアの魔法「メルトアース」だ。
そしてすぐに地面は元に戻り硬化する。
オフィーリアは、動けなくなった剣士に容赦なく雷魔法を叩き込む。
「ライトニング!」
あっさり一人は片付く。
サティエルの方に切りかかった相手は軽く剣をかわされ、電撃を帯びた掌で触れられあっさり倒された。
最後の一人はシルヴィアと剣を交えていたが周りの様子に気が付く。
「まさか、こんな強いやつらとは、失敗したぜ」
捨て台詞を残すと、煙玉で煙幕を張り、林の中へ消え去った。
「逃げられたか……」シルヴィアが肩をすくめる。
「セレネ、男は?」オフィーリアが問いかける。
「もう少しで治ると思います」セレネは優しく騎士の額に手を当てる。
「じゃあ、そろそろ起きてもらおうか」そう言いながらオフィーリアが魔法で騎士の顔に水をかけた。
「わっ!」と騎士が飛び起きる。
セレネが避難するような顔でオフィーリアを見る。
「まだ治り切っていないのですけど。いきなり水をかけるなんてどうしたのですか?」
「敵かもしれないんだから、話を聞くなら少し弱ったままのほうが都合がいいの」
オフィーリアは淡々と説明する。
「え、そういうものなんですか?」セレネは少し不満そうな顔のまま引き下がった。
「で、あなたは何者かしら?」
声をかけられた男は、ぼんやりしていた意識をようやく取り戻した。
「わ、私は……無事だったのか……? そうだ、書状は……」
セレネが封書を差し出す。
「お返しします。ご自分で届けてくださいね」
男は不思議そうな顔でそれを受け取ると、慌てて周囲を見回した。倒れている二人の追手に目を留め、ようやく助けられたことを理解する。
「……助けていただいたようで、ありがとうございます」
「それで、あなたは?」オフィーリアが改めて問いかける。
「私はカルメロと申します」
彼は一度深呼吸し、決意を固めた。本来なら任務は秘匿すべきだが、この身体ではまともに歩くことさえできない。状況は一刻を争う。彼らを味方につけるべきだと判断し、打ち明ける。
「シュレスタイン王国は、現在ゲルデン帝国の侵攻を受けています。私はラップレリア王国に救援を要請するために参りました」
「なんと……すでに侵攻を?」オフィーリアの表情が険しくなる。
カルメロは苦悶の色を浮かべながら続けた。
「はい、帝国軍は首都リーザ目前まで進軍中……」
「遅かったか。ルーナ大神殿も王都リーザのすぐそばにある。
今からシュレスタインへ向かうのは危険だわ」
シルヴィアはうつむき、声を落とす。
「……仕方ないね。しばらく様子を見守るしかないか」
だが、セレネの顔色がさっと青ざめた。
「もし……トランシルの大神殿のように破壊されてしまったら……」
「そうしたら、月に行けない?」サティエルが素朴に尋ねる。
「……そうなります」セレネが小さく頷いた。
「じゃあ大神殿を助けに行こうよ!」
その無邪気な一言に、オフィーリアは胸の奥が冷たくなる。
――最悪の展開。
サティエルであれば、一人で帝国軍を倒してしまうかもしれない。そこが大きな問題だ。たった一人で一国を相手にできる存在が公になれば世界中がサティエルをマークするだろう。そうなれば各国のサティエルへの対応次第で、世界の均衡がどう転ぶかわからない。世界はおそろしく危険な状況に陥るだろう。
それは避けたい。けれど強引に止めれば関係がこじれる。オフィーリアは必死に策を探す。
そんな様子を見てカルメロが言った。
「ルーナ大神殿を助けに行くおつもりですか? しかし四人だけでは厳しいでしょう。でしたら、私と共にラップレリア王国へ。軍を引き連れてから参戦すれば、可能性は高まります」
オフィーリアは胸をなでおろした。――渡りに船。この提案なら、少なくとも時間稼ぎはできるし、もし、戦うことになったとしても軍として動くのならやりようはあるだろう。
「いい案だと思うわ。そうしましょう。セレネ、回復の続きをお願い」
他の誰かが口を開く前に、オフィーリアは強引に結論を出した。
セレネが頷き、再び回復魔法を施し始める。
その光を眺めながら、オフィーリアは心中で祈る。
――サティエルが国々を積極的に滅ぼすようなことにはなりませんように......。




