第65話 目指す先
屋敷の応接室に通され、しばらくすると白いひげの大神官ガヴィーノが姿を現した。
「よくぞご無事で、セレネ様。そしてオフィーリア殿も。さあ、お掛けください」
席に着くと、お茶が運ばれてくる。
「まさかオフィーリア殿がセレネ様を保護してくださっているとは。感謝いたします」
「いえ。それより大神殿では何があったのですか?」
「それが……突如として大猿が現れ、門が破壊されたとの報せが届いた直後、ならず者どもが侵入してきたのです。おそらくどこかの傭兵でしょうが、正体は不明。侵攻があまりに早く、退避命令を出すのが精一杯で、詳しいことはわかりませぬ」
「そうですか......。大神殿は破壊され、朝にはもぬけの殻になっていました。それについて何か心当たりはありますか?」
「セレネ様を狙っていたのかもしれませぬ……」
ここでセレネが口を開く。
「確かに、私が来ると知っていたようでした。ルーナ人と見抜いたうえで襲撃してきたのです」
「内通者がいた、ということか……」
「では、セレネ様には何か秘密があるのですね?」
セレネは黙したままだ。
「無理に聞くつもりはありません。これ以上深入りするのも危ういので、我々はこれで――」
「お待ちください。私も今の状況では何もできませぬが……次の満月にはセレネ様を月へお帰しせねばなりません。それまでのひと月ほど、セレネ様をエルフィリアで保護するなどしていただけませんか?」
セレネが首を振った。
「残念ですが、ここへ来る前に〈逆行の魔導具〉が破壊されているのを確認しました」
「なんと……! それでは帰る術がないということですか......」
「はい。本国へ状況だけでも報告したいのですが、何か方法はありませんか?」
「ふむ……確かシュレスタイン王国の大神殿にも同じ装置があったはず」
「でしたら、そこへ――」
「しかし、シュレスタイン王国は近くゲルデン帝国との戦に突入すると言われております。容易に行ける状況ではありませぬ」
「まだ戦争が始まっていないなら、今のうちに急ぎたいです」
「ですがセレネ様はすでに狙われている身。また、あの大猿のような存在に襲われれば護衛できる者など……」
「その大猿なら、ここにいるサティエルさんが倒しました」
「なんと……! あれを、ですか」
セレネが何かをひらめいたように顔を上げる。
「皆様方。どうか私を護衛してシュレスタイン王国の大神殿まで同行していただけませんか?」
だが、オフィーリアはサティエルを厄介ごとに巻き込むことをためらった。
「今回の件はあまりに危険です。背後にゲルデン帝国がいる可能性もありますし、簡単には引き受けられません」
「やはり帝国が関わっているとお考えですか? そうであればなおさら、私からもお願いしたいのです」
シルヴィアが割って入る。
「ちょっと待って。私たちには私たちの旅があるのよ。それを差し置いて帝国に狙われるような危険を背負えっていうなら、理由をちゃんと説明して」
セレネと大神官ガヴィーノは顔を見合わせる。セレネが合図を送り、ゆっくり語り始めた。
「おっしゃる通りです。では、私がこの地に来た背景を説明しましょう。
私はこの星〈テラエ〉の研究をしています。最近、この地で〈ムーンゲート〉が頻繁に観測されるようになりました。そこで、聖女としてふるまいながらその調査に来たのです。
ですが、いきなり襲撃を受けたとなると、単なる自然現象ではなく、何者かが意図的に仕組んでいる可能性が高いと考えます。
私たちルーナ人は、遠い昔に月の別の住人〈モアネ人〉と、この〈テラエ〉を巻き込む大戦を起こした歴史があります。その反省から結界を築き、互いに干渉しないと誓ってきました。テラエにも関わらぬと定め、長らく平穏に過ごしてきたのです。
ですので、今回の調査も極秘任務でした。
しかし、それを察知し攻撃してきたということは、彼らには私に知られては困る何かがあるのでしょう。
もしゲルデン帝国の背後にモアネ人がいるなら……モアネがテラエを巻き込んで何か企んでいるかもしれません。下手をするとルーナとも争いに発展するかもしれません。ですので一刻も早く本国に情報を送りたいのです」
「……話が大きすぎて、私たちが手に負えるものではないわね。どう? オフィーリア」
「私はサティエルの判断に従うわ」
「私に任せるの? ルーナ側だけの話を聞いても、判断は難しいよ」
正論だった。争う一方の意見だけでは結論を出せない。それを言われると誰も返す言葉がない。
「でも……もし月に連れて行ってもらえるなら、協力してもいいかな」
以前から「月から来た」と聞いて以来、心の奥で芽生えた好奇心が膨らんでいたのだ。
「ええっ、さっきのセリフは何だったのよ!?」
「だって、国同士の争いなんて私には関係ないし」
「うーん……まあ、確かにね」
放浪の旅を続けるサティエルにとって、戦乱の渦中から離れてしまえば関係のない話なのだ。
「それに、私はこれまでムーンゲートの影響を強く受けてきたの。だから、月やゲートについてもっと知りたい」
「なるほど。じゃあオフィーリアがサティエルに従うなら、私も異論はないわ」
「では、皆さまを月にお連れしましょう」
「話がまとまったようで何よりです。シュレスタイン王国の大神官宛に書簡をしたためましょう。それと、セレネ様には聖女の衣を用意してございます。それを纏えば、偽物と疑われることもありますまい」
――こうして、エナメルの旅人の仲間たちはルーナ人セレネを護衛し、シュレスタイン王国の大神殿へ向かうことを決めたのであった。




