第64話 神殿の人たちはどこへ?
神殿から離れた道端で、一行は立ち止まりサティエルが口を開く。
「セレネを呼んだ大神官が生きていればいいのだけど神殿の人たち、誰も見当たらなかったね。避難するとしたらどこへ行ったと思う? オフィーリア」
「まとまった人数で動くなら、南のベッサ村か東のボヘンデンの町かな」
普段なら“生きていればの話だが”と付け加えるところだが、セレネの不安げな表情を見て、オフィーリアは言葉を飲み込んだ。
「ベッサ村には高位の人たちは来ていなかったから、ボヘンデンに行ってみよう。いいよね、セレネさん?」
「はい……お願いします」
* *
ボヘンデンの町に着くと、城門前には武装した兵士たちが並び、厳しい表情で通行人を監視していた。昨日の大神殿襲撃の影響だろう。
だが、一歩中に入れば賑やかで、人々のざわめきが町を満たしている。
聞き込みを続けると、昨日かなりの数の避難者がこの町へ流れ込み、ルーナ神殿に保護されたとの情報を得た。
「なら、神殿に行ってみよう」オフィーリアが先導する。
神殿には噂通り、多くの人々が身を寄せていた。目的は大神官との接触だが、当然ながら表には出てこない。
「ちょっと探ってくるわ」
そう言うなりオフィーリアは近くの神官に次々と声をかけ、奥へと入っていった。
残された三人は木陰に腰を下ろし、様子を見守る。やがてオフィーリアの姿は完全に視界から消えた。
「……オフィーリアって、ああいうの慣れてるんだな。ほんと、何者なんだろう?」
シルヴィアの独り言に、セレネが首をかしげる。
「あなた方、仲間ではないのですか?」
「仲間だけど、仲間になる前のことまでは知らないのよ。サティエルだって正体不明だし」
「やっぱり……サティエルさんには何かあるのですね。私の結界をあっさり破壊してしまったんですよ……あれは衝撃でした」
「ああ、ただ者じゃないのは確かね」シルヴィアは頷く。
サティエルは気まずそうに肩をすくめた。
「そう言われても、私は私でしかないんだけど……。セレネだって謎の人でしょ」
「それは……まぁ、否定はできませんけど」
会話の流れでシルヴィアが尋ねる。
「確か、聖女として招かれたんだよね? 回復魔法とか得意なの?」
「ええ、一応。ですが、結界魔法の方が得意なのですけどね」
「へぇー」
そんなやりとりをしていると、オフィーリアが戻ってきた。
「大神官の居場所がわかった。領主の別邸にいるらしい。すぐ行きたいのだが、いいかな?」
皆が頷いた。
――そして一行は領主別邸の門前へと立つ。
「この屋敷にいるガヴィーノ大神官に面会したい。エルフィリアのオフィーリアが訪ねてきたとお伝えください」
門番が眉をひそめる。
「お約束はございますかな?」
「いえ」
「では、お引き取りを」
「急用です。お取次ぎを」
「……お約束のない方をお通しするわけには参りません」
即座の拒絶。その理由は約束がないからだけではなかった。四人のうち二人がフードを深くかぶり、いかにも怪しく見えたのだ。
門番が合図を送ると、中から五人の警備兵が姿を現す。
「お引き取りを」
オフィーリアは言葉を失い、唇を噛む。
そのとき、サティエルが一歩前に出てフードを外し、門番をまっすぐに見据えた。
妙に品のある雰囲気――門番は思わず、目の前の少女を高位貴族と勘違いする。
「このまま私たちを追い返したとなれば、ただでは済まないことになりますわ。せめて大神官の従者に確認くらいはとるべきではなくて?」
その迫力に門番の顔色が青ざめた。
「……お待ちくださいませ」
慌てて門番が屋敷の奥へと駆け込む。
「ねぇ、何今の? 急に貴族みたいになってたけど……」シルヴィアが小声で囁く。
「少し、大人っぽくしてみたの。……ちゃんとできてた?」
今回のサティエルはエルネスタが表に出たのではない。サティシアが成長した自分を演じたいと願い、その無意識の思いがエルネスタの記憶と結びついて振る舞いに現れただけだった。
「うん、ちゃんと貴族令嬢だった」
「やった!」
無邪気に喜ぶサティエル。その姿を見ながら、オフィーリアは確信に近い思いを抱く。――やはり彼女には二面性がある。普段の無邪気さの奥に、本物の令嬢が潜んでいるのではないか、と。
セレネもまた、彼女を“訳ありの貴族令嬢”と受け取っていた。
やがて、先ほどの門番が一人の神官を連れて戻ってきた。
神官は面識のない一行を見て、訝しげに尋ねる。
「どちら様ですかな?」
サティエルは一瞬オフィーリアを見るが、どうやら彼女も知らない様子。――しまった。大神官と面識がある口ぶりだったので、その従者も顔見知りだと思ったのだが......。
咄嗟に、サティエルは言う。
「セレネ様をお連れいたしました」
神官の眉がぴくりと動いた。
サティエルはセレネの腕を軽く掴み、前へ押し出す。
「フードをとって」小声で促す。
セレネはしぶしぶフードを外す。だが、神官の反応は乏しい。
これでも駄目か……。
サティエルは小さく息を吐いた。
「仕方ない。セレネ、第三の目を開けて」
気乗りしない表情を見せながらも、セレネは従った。
瞬間、居合わせた者たちは目を見開き、息を呑む。
「――大変失礼いたしました」
神官は慌てて頭を下げ、門番に命じる。
「門を開けよ。ご案内いたします」
一行が中へと進む際、サティエルは振り返り、門番たちへ上品に微笑む。
「今見たことは、くれぐれも内密にお願いしますね」
その声音は穏やかだったが、目には鋭い光が宿っていた。




