第111話 公開講座『魔導文字を用いた……』
公開講座は、学園の大ホールで行われる。
かなり関心が高いのか、開場前からすでに多くの学生や先生が集まっている。
サティエルたちは、空いていた後方の席に腰を下ろした。
やがて、スタッフの声が響く。
「まもなく講演が始まります。席について静かにお待ちください」
ざわめきが静まり、ホールの明かりが少し落ちる。
少しして、再びアナウンスがあった。
「これより、モニク先生による公開講座
『魔導文字を用いた魔導具の可能性と無詠唱魔法への応用』
を実施いたします。先生、よろしくお願いいたします」
拍手とともに、ステージの端から初老の女性が姿を現す。
モニクと呼ばれたその女性は、落ち着いた足取りで講演台へ進み、聴衆に向かって軽く頭を下げた。
「魔法科のモニクです。少し大げさな講演名ですが、きっかけは“もっと簡単に魔法を使えないか”という単純な思いつきからでした」
会場の空気が少し和らぐ。
モニクは穏やかな声で続ける。
「ご存じの通り、詠唱魔法は詠唱と魔力制御を同時に行う必要があり、熟練していなければ正確な発動は難しいものです。
魔法を本職にしている人ならともかく、それ以外の人が使うには、あまりにも敷居が高い」
そう前置きしてから、壇上に置かれた数個の 魔導具 を指し示す。
「そこで、人々が魔法を扱うための道具――“魔導具”が生まれました。
魔法陣と魔石を組み合わせ、詠唱を省略する装置ですね。
ただし、現在の魔導具は高価な宝石に複雑な魔法陣を刻み込む必要があり、とても庶民には手が届かない。
……それが、もっと安価に、誰でも使えるようになったらどうでしょう?」
会場から、わずかに興味を示す声が上がる。
モニクは頷き、手元の魔導具を示した。
「今回開発した《魔導文字》は、それを可能にする技術です」
「先ず、魔導文字とは何かを説明しましょう。
簡単に言うと、
複雑な魔法陣の図形を単純な形で表現したものになります。
実演してみましょう」
壇上に大きく複雑な模様が描かれた魔法陣が掲げられる。
「これは光を発する魔法陣です、これを魔導文字に変換します」
モニクが魔法を唱えると魔法陣は単純な図形へと変化した。
「これが、魔導文字です。これには“変換を戻す魔法”が組み込まれており、魔力を流すことで元の魔法陣を再展開し、魔法を発動することが出来ます」
そういうと、モニクは魔導文字に魔力を流す。
すると、魔導文字が、淡く光り、魔法陣が展開され、そこから光があふれ壇上を少しの間明るくした。
「このように最大の特徴は――単純化です。
これまでの魔法陣は複雑すぎて、崩れやすい魔石には刻めませんでした。
だからこそ、繊細な加工のできる宝石に刻み、その魔力媒体として魔石を組み合わせていたのです。
しかし――魔導文字は形が単純。だから、魔石に直接刻めるのです。
しかも、品質の低い“くず魔石”にも利用できます。
ですので、この技術を応用すれば魔導具の発展に大きく貢献できると思います 」
モニクは続けた。
「ただし、まだ欠点もあります。
変換精度が完全ではなく、効果も元より落ち、発動速度も遅くなってしまいます。
今のところ初級魔法にしか対応できません。
ですが、改良を重ねれば、いずれは高度な魔法にも対応できると考えています」
会場のあちこちでメモを取る音が響く。
「そして、その他の応用として注目しているのが――無詠唱魔法です。
頭の中で複雑な魔法陣を思い描くのは難しいですが、魔導文字なら簡略化されているため、想起が容易になります。
中級魔法以上にも対応できれば、無詠唱魔法の普及が進むかもしれません」
そう締めくくると、会場から拍手が湧き起こった。
サティエルも静かに手を叩く。
講演が終わり、人々が感想を口にしながら出ていく中、 サティエルは席に残って考え込んでいた。
今回の技術――《魔導文字》というものに、特別な有用性は感じなかった。
初級魔法程度なら、すでに自分は無詠唱で発動できる。
それに、魔導文字のように発動が遅れる仕組みでは、実戦では致命的な欠点となる。
さらに変換精度が完全でないなら逆行の魔導具に使うのも危険だろう。
悪くはない技術だけど……私にとって必要なものではないわね。
そう思いながらも、ひとつだけ“ありがたい点”があることに気づく。
――それは、“お手軽な魔導具で魔法を発動できる”という仕組み。
これなら、私が魔法を使っても“魔導具を使った”ってことにできる。
サティエルの顔に、わずかな笑みがこぼれた。
この学園では、自分が気功術と魔法の両方を使えることを知られるわけにはいかない。
そうなれば面倒なことになるのは明らかだった。
だが、もし“魔導具で魔法を使っている”ように見せかけることができるなら――
少々の魔法を使っても、疑われることはない。
そして、モニク先生は第一王子派。
グランフェルト家と同じ派閥だから話をしに行くのも問題ないだろう。
そう判断したサティエルはすぐに、モニク先生への面会申請を出すことにしたのだった。




