第106話 授業初日
初授業の日。
約束どおり、武術科主任のマルスラン先生が付き添ってくれた。
屋外練習場にはすでに学生たちが集まり、ざわつく中に緊張した空気が流れる。
マルスランが一歩前に出て声を張る。
「いままで格闘術の授業は代理で私が行っていたが、今日から正式にサティエル先生が担当する。皆、しっかり指導を受けるように!」
視線が一斉に、サティエルへと向く。
年若いその姿に、どよめきが起こった。
「すごい美人……」
「え、あれが先生?」
「大丈夫なのか?」
小声のざわめきがあちこちで飛び交う。
サティエルは気に留めず、落ち着いた声で口を開いた。
「紹介されたサティエルです。今年だけの臨時教師ですが、皆さんには私の使う《柔気流気功術》を教えたいと思います。
聞きなれない流派でしょう。簡単に言えば――相手の攻撃を捌き、反撃に転じる護身向けの格闘術です。
一年で習得するのは難しいですが、体の使い方を学べば、どんな武術にも応用できます。ぜひ身につけてください」
その穏やかな声の奥に、確かな自信があった。
学生たちは互いに顔を見合わせ、次第にざわめきが収まっていく。
マルスランが続ける。
「今日は今までの流れを先生に見てもらう。いつも通り、最初は“気を練る”練習からだ」
学生たちは一斉に深呼吸をし、気を練り始めた。
その様子を、サティエルは静かに観察する。
先日の剣術の授業で手合わせをしたバティストは、やはり気の扱いが巧みだ。
ただ、その隣の大柄な男子――彼の方が気の総量は多い。
「先生、あの大きな子は?」
サティエルが尋ねると、マルスランが答える。
「あれはマクシム。バティストのライバルだ。剣ではバティストに一歩譲るが、格闘術はマクシムの方が上だ」
なるほど――確かに体の重心がしっかりしている。
この二人がこの中では実力が高そうね。
サティエルはそう見立てた。
授業は続き、パンチやキックなどの基本動作、そして二人一組での組み技練習へと移る。
最後は、短い試合形式の実戦練習。
学生たちは《気功鎧》を纏っているため、ある程度の打撃にも耐えられる。
サティエルは全体を見渡しながら、何人かの動きに注目した。
バティストとマクシム以外にも、素質のある子が数人いるわね。
ただ、彼らが学んできたのは打撃中心の格闘術であり、投げ技の経験はほとんどないようだ。
となると、まずは受け身から教える必要があるわね。投げられる側がうまく受けなければ、危険だもの。
そう心に決め、授業を終える。
授業後。
自室に戻ると、サティエルはシルヴィアに声をかけた。
「ねぇ、シルヴィア。あなたも《柔気流気功術》を身につけてみない?
助手として、デモンストレーションで技を受けてもらいたいの」
「私にも教えてくれるの? ありがたいけど……できるかな?」
「学生より気功術もうまいし、受け身も取れるでしょ?」
「まあ、《嵐牙流》にも多少の投げ技はあるけど、得意ってほどじゃないよ」
「それは、これから練習してもらうから......」
そう言うと、サティエルはその日、授業時間の倍以上をシルヴィアの特訓に費やした。
容赦のない手ほどきに、さすがのシルヴィアも音を上げそうだった。




