第105話 剣術授業の見学
アラン先生の剣術の授業を見学する時間になり、サティエルはシルヴィアとセレネを連れて、屋外練習場へ向かった。
「おーい、集まれー!」
アラン先生の声に、学生たちが次々と集まる。
その中には、見慣れぬサティエルたちの姿を見て、ざわめく者たちも多かった。
「随分きれいな人、何者なの?」
「新しい助手?」
「いや、若すぎない?」
「もしかして編入生?」
そんな声が飛び交う中、アラン先生が軽く咳払いをして声を張った。
「静かにしろ。みんなが気になってるこの人は――新しく格闘術の先生になったサティエル先生だ。今日は俺の剣術の授業を見学に来ている」
「格闘術の臨時教師となったサティエルです。格闘術の授業をとっている人は、私が担当することになります。よろしく!」
透き通るような声が、練習場に心地よく響く。
学生たちは一瞬静まり返り、そして小さなざわめきがまた広がった。
授業が始まる。
この時間に扱うのは、国内でも最も流派人口の多い《翠嵐流剣術》だ。
アランの号令と共に、学生たちは呼吸を整え、気功術による身体強化を施す。
淡い光が体を包み、次に「気功鎧」が展開される。
そこから構え、足運び、斬撃、刺突――
型の反復練習が始まった。気合と木剣の音が、規則的に空へ響く。
この練習法は、サティエル――いやエルネスタが学園にいた頃と変わっていなかった。
基礎練習とウォームアップを兼ねた効率的な訓練。
懐かしい……けど、格闘術の授業ではどう教えようかしら。
そんなことを考えていると、隣で学生たちを観察していたシルヴィアがぽつりとつぶやく。
「随分、学生の実力に差があるのね」
「この学園は、武術専門ではなく総合学園だからね。文武両道を目指しているけど、学問重視の学生も多いのよ」
――しまった。エルネスタ時代の記憶で答えてしまった。
サティエルの立場では知らないはずのことだ。
内心で反省したが、幸いシルヴィアたちからの突っ込みはなかった。
学生たちは次に二人一組になり、攻撃側・受け側を交互に練習する。
その中で、一人だけ相手のいない大柄な男子学生の姿が目に入った。
先ほど最も美しい型を見せていた生徒だ。
気になったサティエルは、アラン先生に声をかけた。
「あの学生は?」
「ああ、彼はバティスト。学生の中でも一、二を争う腕前だ。
親が騎士団の上層部でな、小さい頃から鍛え込まれている。
……そういえば今日は相棒が休みか。サティエル先生、良ければ彼の相手をしてみないか?
彼、格闘術の授業もとってるはず」
「そうですか。剣については私、それほどでもありませんが――学生相手なら大丈夫でしょう」
その気軽な言葉に、アランは少しの不安を胸に抱きながら、サティエルの動向を見守る。
……バティストは俺でも油断できないほどの腕なのだが大丈夫か?
木剣を手に、サティエルはバティストの方へと歩み寄った。
その様子を見ていたアランは、そっと隣にいたシルヴィアへ問いかける。
「サティエル先生、大丈夫でしょうか? あの学生、かなりの使い手ですが」
「問題ありません。どちらかというと――学生の方が自信をなくさないか心配です」
シルヴィアはそう言って小さく笑った。
彼女はこの一か月、グランフェルト邸でサティエルと剣を交えており、剣の強さも圧倒的だった。そう、自分の自信がゆらぐほどに。
サティエルは剣なしで圧倒的な強さを誇る。それが剣を持ったからといって弱くなることなどないのである。
サティエルが軽く木剣を構えると、空気が変わった。
無駄な気迫もなく、自然体のまま、静かに立っている。
それなのに、一切の隙がない。
「バティスト君。私が相手をしましょう。遠慮はいらないわ。全力で打ち込んできて」
「ありがとうございます」
一礼しながらも、バティストは戸惑っていた。
相手は若く、整った顔立ちの女性――剣を向けるのがためらわれる。
だが、目を合わせた瞬間、その甘さは霧散した。
凛とした瞳、圧倒的な静けさ――まるで剣の達人である父と対峙しているような気配。
一瞬、肌に冷たいものが走った。
バティストはその感覚を力でねじ伏せ、気合と共に踏み込む。
木剣がうなりを上げて襲いかかるが、サティエルは軽く小さな動きでそれをかわす。
そして、すれ違いざま、軽く剣を振る。
バティストはギリギリのところでそれを受ける。
な……重い!? 軽く振ったように見えたのに何て威力だ。
何度か斬り込むも、すべて軽くかわされる。
焦りが動きを乱すと、簡単に体勢を崩されてしまう。
次第に、バティストは悟る。
この人は――自分より、はるかに上だ。
だが、悔しさよりも、この先生の実力を知りたいという気持ちが勝った。
「先生……本気で攻撃してくれませんか?」
覚悟のこもった瞳を見て、サティエルは静かに微笑む。
その強さを試そうという心意気は感じ取れたが、
それでも力量差がありすぎる。
バティストに軽く目で合図をすると、
《気功蹠》を使って一気に距離を詰め剣を振る。
バティストが剣で受けようとしたその瞬間――その剣は自分の剣をすり抜ける。
そして、気づけば木剣の切っ先が首元にそっと添えられていた。
「それは――もっとあなたが強くなってからね」
サティエルは以前シルヴィアに教えた《幻影剣》を使っていた。
サティエルからすれば、この程度が防げないのでは本気で攻撃は出来ないのである。
バティストは目を見開いたまま、動けなかった。
最近は騎士団上位の父ともそれなりに渡り合えるようになったと自負していた。
だが今、この先生の足元にも及ばなかった。
不思議なことに、胸の奥から沸き上がるのは屈辱ではなく、純粋なあこがれ。
……強い。そして、美しい……。
いつか、あの剣に並びたい――そう心の底から思った。
アランはその光景を見て、唖然としていた。
十三歳である彼女が十八歳の才ある剣士、バティストを圧倒する。
しかもあれで本気ではないらしい......。
――常識ではあり得ない光景だった。
マルスラン主任から強いとは聞いていたが、想像していたレベルをはるかに超えている。この子を学園に推薦したグランフェルト家の意図は一体……。
その真意を、アランは知らない。
サティエルがここにいる理由が貴族の権謀とは全く関係なく、単に月へ行きたいがための行動ということを――。




