第67話◇蒐集
「ふ、ふざけるな……ッ!」
俺はブロックスに近づいていく。
ブロックスは意識的か無意識的か、後退していく。
後方を気にする余裕もなかったのだろう、すぐに一本の木に背中が触れた。
「――ッ!」
そんな奴に向かって聖剣を一閃。
長かった盾が、随分と短くなった。
さては次は剣でも……と考えたところで、ブロックスは剣を捨てた。
「待ってくれ! 私の負けだ」
「何を勝手な……!」
レヴィアンが激怒しながら近づいてくるが、俺は彼女を手で制した。
「ま、まさか見逃すおつもりですか?」
信じらないという顔をする彼女に、穏やかに話しかける。
「加勢の礼ではありませんが、この場は私に任せて頂けませんか?」
「…………ひとまず、見届けさせていただきます」
それで充分だ。
「さて、ブロックス殿。貴殿は己の命を買う為に何を差し出せますか?」
「……か、金ならばある」
「それは、貴殿からもらう必要はない」
「わ、私を生かしてくれるのなら、楽園の手足となる! 聖騎士団の情報を、全てお伝えしよう! 聖騎士団と楽園は犬猿の仲、密偵を潜ませる価値はある筈だ……!」
「なんと醜悪な……。自分可愛さに同胞まで売りますか」
唾棄するように言うレヴィアンだが、ブロックスに斬りかかるような真似はしない。
なんとか自制してくれているようだ。
「他には?」
「ほ、他とは? 貴殿の望みを教えてくれれば、なんとか用意する!」
「では、貴殿は、命以外ならば、どんなものでも支払う気持ちがあると?」
俺の確認に、彼は迷わず頷く。
「その通りだ!」
「それが聞きたかった」
あとは、シュラッドの時と同じだ。
天庭宝物庫仮象大展覧は、俺のモノの性能を全て引き上げる。
つまり、【蒐集家】としての俺の力も、だ。
ブロックスの胸のあたりが輝き出し、その光は喉、口元へと上昇。
「がはっ……」
彼は、光の正体を吐き出す。
綺麗な琥珀色の宝石だ。
「主殿、私が」
戦いを終えて戻ってきたマーナルムがハンカチで包んで宝石を渡してくれるところまで、前回と同じだった。
宝石の中には、城をぐるりと囲む城壁が浮いていた。
「取引成立です。私は貴殿の命を奪わない」
「ま、待て……今、一体何をした」
喉を押さえながら、ブロックスが苦しげに問うてくる。
「これはシュラッド殿にも説明をしたのですが――神のご加護を蒐集しました」
「なんだ、それは……」
念の為、真贋審美眼で確認しておく。
――『ブロックス』
――人間。
――希少度『/』
「そ、そんな……嘘だ、そんなわけが……」
シュラッドも最初は否定していたが、すぐに気づく。
前世と現世のちからの両方が、既に己の中から消えていることに。
ブロックスは、まるで数十年分の時が押し寄せてきたかのように老け込む。
それだけの精神的衝撃を受けた、ということか。
「……力の没収。で、では、先程の雷霆は、本当に愚兄の伝承再演だったのですか?」
レヴィアンが呆然と呟く。
「えぇ。妹君と言えど、お返しすることはできませんが」
「素晴らしい……!」
レヴィアンの瞳が満天の空のように輝く。
「神は何故、この者たちのような邪悪な人間に特別な力を授けるのかと思っていましたが、今理解いたしました! 力を誤ったことに使えば、没収されるのだと人に気づかせる為なのですね!」
なにやら、妙な解釈をしているようだ。
「神は我々貴族に特別な力を授け、正しく生きる機会をくださる! そのご期待を裏切る者があれば、貴殿のような方が力を奪う! 失うことで愚か者たちは学ぶことができる! そういうことなのですね!」
レヴィアンは感極まったように早口で言うと、俺の前に片膝をついた。
「楽園の宗主よ、どうか我々神聖騎士団を、貴殿の麾下にお加えください」
気づけばレヴィアンの配下たちも同じ姿勢をとっている。
ネメアだけは胡散臭そうにしていたが、仲間に睨まれ渋々片膝をついた。
さて、どうしたものか。
彼女の勘違いを放っておくのも正すのも、どちらも厄介な結果に繋がりそうだ。
ネメアや神聖騎士団の力には興味を引かれるが、少なくともこのまま拠点に連れ帰りたくはない。
「部下は不要です。マーナルムたちも、配下ではなく俺の仲間なのです」
「し、失礼いたしました……!」
「ですが、地上の協力者ということでしたら、歓迎いたしましょう」
レヴィアンがバッと顔を上げる。
「ありがたき幸せ……!」
まるで信仰の対象に向けるようなうっとりとした視線に、俺は『薄影の仮面』の下で苦笑いする。
「いくつかの拠点をお教えしますので、何かありましたら書なり使者なりを送ってください」
「はい……! あ、この場の後始末は我々にお任せください! この者を生かす理由も先刻理解いたしました! 愚兄シュラッドのように、力を失うことがあるのだと知らしめる為に、生き証人となる咎人が必要なのですね! それがこの者にとっての贖罪! さすがです!」
全てがいいように解釈されるのは、それはそれで恐怖に近いものがあった。
しかし否定するようなことでもないので、曖昧に頷いておく。
「我ら一同、今後も正義の為に粉骨砕身して参ります! 楽園に神のご加護を!」
貴族出身と思しき騎士たちはレヴィアンに追従しているが、ネメアはどこか白けている。
種族が違うのだ。神と言われてもピンと来ないのだろう。
「そうだ、レヴィアン殿」
「あぁ、貴殿の口から私の名前が……! ふ、ふふ……失礼。なんでしょうか?」
陶然とした笑みを浮かべていたレヴィアンだったが、すぐにハッと正気に戻る。
「そちらのネメアはうちのマーナルムと相性がよさそうだ。協力関係を結ぶにあたって、神聖騎士団の者をこちらに迎えるのもいいと思いまして。彼女さえよければ、どうでしょう?」
自分に話が振られるとは思っていなかったのか、ネメアがきょとんとする。
マーナルムは相性の部分に嫌そうな顔をしたが、俺の言葉を否定することはせず黙っていた。
「は? なんであたしが。……いや、ついていけばマーナルムと鍛錬できるのか。うん、よし、あたしは構わないぜ!」
「す、素晴らしいご提案かと思うのですが、ネメアは優秀な反面、人族の礼儀作法に疎く……」
「そのようなもの、些細なことです」
「そ、そういうことでしたら。ネメア、くれぐれも失礼のないようにするのですよ」
「楽園ってのも、カス貴族から奴隷を解放するのは同じなんだろ? なら、上手くやるさ」
「ネメアは粗野ですが、心優しい正義の者なのです。その、何卒ご寛恕頂ければ……」
レヴィアンはただ正義に取り憑かれているのではなく、部下を思う心も持っているようだ。
このあたりは好感が持てる。
「では、我々はこれで」
「じゃーな、みんな! また逢ったら、一緒に戦おうや!」
ネメアの別れの挨拶はさっぱりしたものだった。
「主殿、よろしかったのですか? あのお力を見せたことで、レヴィアンなる者がシュラッドの証言を信じるやもしれません」
マーナルムが俺の耳元に口を寄せ、囁く。
ブロックスの力を蒐集したことで、レヴィアンは思ったかもしれない。
同じく力を失ったシュラッドの証言も、気が触れたわけではないのかもしれない、と。
力を奪う者が実在するなら。
たとえば、楽園の長の正体が死んだ筈の伯爵家三男だというのも、事実かもしれないと。
「大丈夫だ。レヴィアンは、俺の正体になんか興味ないよ」
それに、吹聴したところで誰が信じよう。
彼女たちは正義の味方であるが、世間的には貴族を殺す貴族だ。
「……承知いたしました」
「なぁなぁマーナルム。そっちの家についたら、手合わせ頼むわ」
「やかましい! 今は主殿と話しているのだ!」
ネメアが俺の方を見る。
「そういや、あんた名前なんてぇの?」
「主殿に馴れ馴れしいぞ貴様!」
ぷんぷん憤るマーナルム。
「ははは」
ファレンを救い出し、その家族も無事。
聖騎士団の厄介な敵も潰したし、神聖騎士団とも協力関係を築いた。
予定外のことも色々あったが、最後は新たな結晶も手に入れ、『紅獅子族』のネメアも仲間になった。
今回の蒐集の旅も、結果的には満足がいくものだったといえるだろう。




