第64話◇対話
「……貴殿は?」
「貴女の兄君とは、何度か逢ったことがあります」
「あの愚兄の知己ということは、貴殿もクズですか」
美しい瞳に敵意が宿る。
「噂では、神の恩寵を失ったとか」
「……よくご存じですね。楽園の首魁は死んだ筈の伯爵家三男で、全てはその者の仕業だと繰り返し叫ぶものですから、今は屋敷に幽閉されていますよ」
俺に異能も伝承再演も奪われたシュラッドは、残念ながら証言を誰にも信じてもらえなかったようだ。
これ以上余計なことを言わぬようにと、彼の生家は息子を閉じ込めることにしたらしい。
「一つ、お尋ねしたいことが」
「なんでしょう」
「先刻解放した奴隷たちを、どうなさるおつもりで?」
自由とは言っても、主人殺しをして逃走した元奴隷の未来は明るくない。
「全て、我が神聖騎士団が預かります。故郷に帰りたいという者は帰し、帰る先のない者は同胞として迎え入れます。いずれにせよ、奴隷でいるより幸福でしょう」
「なるほど。そのご覚悟がお有りなら、言うことはありません」
無責任な正義ならば文句の一言でも言おうと思ったが、貴族の集まりを襲撃した上でこれを乗り切り、更には助けた奴隷たちも救えるというのなら、問題ない。
「では、解放された者たちのことを頼みます」
「お待ちなさい。……『白銀狼族』と『蒼翼竜族』を連れる男。まさか、貴殿は楽園の長なのですか?」
「そのように呼ぶ者もいるようですね」
レヴィアンの瞳から敵意が消える。
「で、では、貴殿も、今宵この者たちを救うべく現れたのですね!」
「これほど派手な催しにするつもりはありませんでしたが」
「では、どうでしょう! 共に手を携えて、正義の為に戦いませんか!」
その瞳には、同胞に出逢えた興奮が覗いていた。
「生憎と、正義に興味はありません。ですが、今後も道が重なることはあるでしょう。その時に、貴女が敵でないといい」
「……三日後! 聖騎士団の部隊が、『黒角兎族』の集落を襲撃します! 愚兄の後を継いで希少種を狩る悪しき騎士たちです! 奴らは、この家の当主から情報を得たとのこと!」
ならば、ファレンが話してしまったのか。
それを責めることはできない。
そして、レヴィアンがこれを俺に伝える理由は何か。
何かを見極めようとしているのか。
「情報提供、感謝します」
「こちらも問います! 正義ではないのなら、何を追い求めているのですか!?」
俺は首だけで振り返り、彼女に微笑みかける。
「まだ見ぬ何かを」
「――それは、一体」
「それでは、失礼いたします」
俺はファレンの元へ向かう。
彼女はテーブルの下で屈んで震えていた。
「約束を果たしに来たよ」
「っ!」
「ほら、オークションの日に少し話したろう?」
仮面を少し上げて、微笑みかける。
それで俺のことを思い出したようだ。
「お、おうちに帰してくれるって」
「あぁ」
「で、でも、私、その、私の所為で」
彼女の顔が青い。自分の所為で故郷が危険に晒されてしまう、と考えているのだろう。
「大丈夫。君の故郷の件もなんとかするとも」
「……ほ、本当?」
「約束だ」
差し伸べた手を、彼女がおそるおそる掴む。
「そうやって見境なしに女を落とすわけね」
「ひうっ!」
クリアの声にファレンが怯え、俺の後ろに隠れた。
「大丈夫、味方だよ」とファレンに言ってから「おかえり。それで、どこへ向かえばいい?」とクリアに問う。
「あいつら、扉を蹴破る為にあると思ってるらしいよ。無事な扉がほとんどなかった」
それでも一つ、鍵を差して開けそうな扉が残っていたらしい。
「そうか。案内を頼むよ」
「説明が面倒だから、手を引いてあげるよ」
「迷子にならずに済みそうだ」
くいっと手を引かれるまま、会場内を進んでいく。
今回は俺に透明化を施していないようだ。
俺がもう片方の手でファレンの手をそっと掴んでいるからだろうか。
「三人とも、帰るぞ」
「ハッ。命拾いしたな、飼い猫殿」
マーナルムも負傷しているが、相手の方がダメージが大きい。
「あぁ!?」
「ネメア! 行かせなさい!」
レヴィアンに言われ、ネメアが舌打ちする。
「チッ……。おいお前、名前は!」
「……マーナルム」
「ネメアだ! 次は最後まで戦えよ!」
「正義はどうした、正義は」
「うるせぇ! 真剣勝負はまた別だ!」
なにやら因縁が生まれたようだ。
俺としてはネメアのことも気になるが、これ以上ここに留まるのは得策ではない。
クエレとエイールの奮闘で他の元奴隷たちによる襲撃を防げているが、彼ら彼女らは元々被害者。大きな怪我を負わせるわけにもいかず、二人は明らかに手加減をしていた。
なんとか全員でその場をくり抜け、無事な扉の前まで到着。
「待て! き、貴様、私のモノを盗むつもりか!」
今日のパーティーを主催した男だ。
悪運が強いのか、あの状況で生き延びていたらしい。
ファレンが怯えるように震え出す。どれだけ恐ろしい目に遭ってきたのか。
「最早誰のモノでもありませんよ。私が連れて行ってもいい筈です」
「くっ。まさか、あの者殿を手配したのも貴様ではあるまいな!」
「否定したら、信じてくださるのですか?」
「下郎が……!」
相手も一応は貴族。魔法の才能がある。
男の背後から氷の槍が生み出され、それがこちらに向かって射出される。
「主殿!」
「いいさ、マーナルム。俺がやる」
俺は『収納上手な革袋』に手を伸ばし、そこから聖剣を引き抜くと、氷の槍を斬り裂く。
キンッと甲高い音がして、魔法が断ち切られた。
「なんだと……!?」
「我々はこのまま去ります。止めないのなら、こちらも戦うつもりはありません」
「くっ。人の屋敷を襲撃しておいて――ガハッ」
うめき声を上げたかと思うと、男の胸に赤いシミが広がっていき、やがて力が抜けたように床に倒れる。
「……俺たちは殺戮者じゃない、と言っただろう」
クリアが不可視化能力を利用して胸に刃を突き立てたのだ。
「どうせあの白い服の奴らに殺されるでしょ。なら、今殺しても同じ」
そうかもしれないが、ファレンが気を失ってしまったではないか。
慌てて彼女を腕に抱える。
悪夢の象徴が死んだのは彼女にとって幸いなのかどうか。
「クリア、貴様、主殿に口答えをするな!」
「うるさいな。いいから、さっさと帰ろうよ」
「なんだその言い様は!」
「いいさ、帰ろう」
『帰郷の鍵』を刺し、回す。
扉を開き、中に入ると――俺たちは拠点への帰還を果たすのだった。




