第61話◇四番目
彼女の強い視線を感じたのでそちらを向き、首を微かに横に振る。
俺にもなんのことかわからない、と。
そこはさすがの忠臣マーナルム。
「エイール殿。その、耳に触れるのと、主殿が双子の義父になるのと、どう関係があるのでしょうか?」
エイールはぽかんとした顔をしたあと、『そうか他種族には通じないこともあるのか』と気付いたようで、咳払いをしてから口を開く。
「緑精霊族にとって、その、この耳は森の声を聞く為の神聖なもの。家族や配偶者でなければ触れることが許されません。そして、異性に耳を触らせてくれと言うのは、結婚を願う際の常套句になっているのです」
なるほど。
家族にしか触れさせてはならない大切な耳。
その耳に触らせてくれと頼むのは、家族になりたいと伝えるも同じ。
故にそのフレーズがプロポーズに使われるようになったわけだ。
理解はできたし納得もした。
同時に自分の失言にも気づく。
俺はエイールに耳を触らせてくれと言ってしまった。
思えばそれ以降の彼女の態度には妙なものを感じたが、そういうことならば筋が通る。
彼女にとって俺は、自分を手に入れるために金貨五万枚をポンと出した男なのだ。
マーナルムが俺を見て『どうなさるのですか』と視線で問うてくる。
彼女からは凄まじい圧力を感じた。
「あ、もちろん序列は弁えております。緑精霊族は生まれてくる者に女が多く、また男の発情期も稀な為、妻を何人も娶るのが珍しくないのです」
たまに来る発情期に、複数の妻たちと子作りに励むわけか。
「序列、というのは?」
「マーナルム殿、シュノン殿、そして話に聞くクエレ殿、御三方がロウ殿の妻なのですよね? 四番目がわたくし、ということについては納得しております」
どうやらエイールは、俺のプロポーズを受けてくれるようだ。
問題は、俺にプロポーズという意識がなかったことだ。
ここで素直に話せばエイールを深く傷つけることは確実。
だからといって偽りの結婚をするわけにはいかない。
それに、感謝の念が強いとはいえ、結婚してもよいと思うほど好かれて、悪い気はしない。
ふとマーナルムに視線を送るが「私が主殿の妻……妻……」と赤面している。
助力は期待できそうにない。
俺はエイールに向き直る。
「エイール」
「は、はい」
「その気持ち、嬉しく思う」
「こ、こちらこそ……」
「だが、少し待ってもらうことはできるだろうか」
「……待つ、ですか?」
「お前たちのこれからに責任を持つという気持ちに偽りはない。だがその……俺はまだそのマーナルムたちとの婚姻も済ませていないのだ」
「なんと……」
「順番待ちのようなことをさせて、大変申し訳ないのだが……」
「いえ、人族には人族の習わしというものがあるのでしょう。ロウ殿の中で時期が来ましたら、改めてお声がけください」
「あ、あぁ」
「ですが、わたくしの気持ちは変わりません。そのことを示す為にも、その……触れて頂けますか?」
「……い、いいのか」
「はい」
俺は椅子から立ち上がり、エイールに近づく。
緑精霊族特有の尖った耳に、そっと手を伸ばす。
触れると、ふにふにとしていた。
「んっ、ふ、ぅっ……」
「すまん、くすぐったいか……?」
「いいえ、どうぞお気の済むまま」
エイールは照れくさそうに赤面しながらも、幸福そうにしている。
「わ、わぁ……お母さん、幸せそう」
「……人間が、新しいお父様……」
「ふふ……妻……いえしかしそんな……ふふふ」
引き下がれない一歩を踏み出してしまった気がするが、不思議と後悔はなかった。




