第60話◇お父さん
その後の競りも無事終了し、商品の引き取りに向かおうとした時。
「おめでとう」
と、キザ男が声を掛けてきた。
無理に湛えた笑みが痛々しい。
「ありがとうございます」
偽りでも友好的な態度をとられている以上、こちらも笑顔で応じる。
「しかし随分と無茶をしたものだな。まぁ、原因は私にあるわけだが」
「五万で引いて頂いて助かりました」
俺の言葉に、キザ男の顔が痙攣する。
「は、はは。今回は勝ちを譲ってやるとも。次回も来てくれよ? 私も、負けっぱなしで終わるわけにはいかないからね」
「是非」
目の前の男よりも、隣で陰鬱な表情を浮かべる美女が可哀想でならない。
俺の視線に気付いたのか、男がニヤニヤ笑う。
「ん? あぁ、これが気になるかね。貴様が今日競り落とした緑精霊族に並ぶ、『八大幻想種』の一種だ」
「黒角兎族ですか。目にするのは初めてです」
嫌悪感を表に出さずに話すくらいのことは、エクスダン家に引き取られてすぐ覚えた。
「そうだろう! こいつらは臆病で中々巣から出てこないようでな。これも、たまたま人里に降りてきたところをどこぞの傭兵が捕まえ、それが奴隷商人に流れ、私のもとへ来たのだ。しかし、幸運を齎すというのは嘘だな。何の役にも立たん!」
それは、ファレンが不幸を感じているから、異能の効果が発揮されていないだけだ。
しかし真贋審美眼のない彼には、知り得ないこと。わざわざ口にする必要もないのだが……。
男はファレンのウサ耳を取っ手か何かのように掴み、引っ張った。
ファレンは慣れているのか、苦痛を堪えるように唇を噛むだけ。
「……せっかくの希少種です。大切にされては?」
俺の言葉に、男は唾棄するように顔を歪めた。
「ん? あぁ、貴様はそういうタイプか。貴族にもいるんだよ、使用人にも親しく接してやるような輩が。この世には分際というものがあるのだから、我々貴種はそれを教えてやるべきであって、境界線を曖昧にするなど愚かの極みだ。下々が増長したらどうするのだ」
「なるほど、そのようなお考えなのですね」
吐き気がするが、なんとか堪える。
こいつにとっては俺との会話も『話しかけてやっている』というスタンスなのだろう。
「まぁいい。考え方はどうあれ、貴様とは趣味が合いそうだ。今度、互いのコレクションを見せ合わないか?」
今日俺に競り負けたことで傷ついたプライドを、なんとか回復したいのか。
自分のコレクションを見せつけ、俺に負けたと言わせることで自尊心を取り戻したいのだ。
なんともくだらないが、しかし申し出は非常にありがたい。
「ありがたいお申し出です」
俺はこの近くに持っている屋敷の住所を伝える。
楽園は世界各地の土地や物件を保有しており、作戦拠点や隠れ家、偽の身分に利用している。
「その際は、あの緑精霊族二匹も連れて来るのだぞ」
言いたいことだけ言うと、男はこちらの横を通り抜けて行った。
少し遅れて、ファレンが続く。
すれ違う瞬間、俺は『薄影の仮面』を押し上げ、男に聞こえない声でファレンに囁きかける。
「故郷に帰してやるから、少し待っていてくれ」
「……!」
ファレンが一瞬立ち止まった。
「おい! 何をしている」
だが何か声を発するよりも主人に怒鳴られ、慌てて彼を追いかける。
「旦那様は忍耐力がお有りですな」
「ブランがいつ剣を抜かないか心配だったよ」
「ほっほっほ。確かに不愉快な男でしたが、この場で斬るほどでは。マーナルム殿だったら、危なかったかもしれませんな」
「本当にな」
俺とブランは軽く笑いあった。
「……あの娘にも、手を差し伸べるのですね」
エイールが小さな声で言う。
「望んで奴隷になったわけではなさそうだからな。故郷に帰してやるくらいはするさ」
「貴方は……」
「どうした?」
「いえ。貴方に出逢えた幸運に感謝しています」
「それは、娘たちを抱きしめたあとで言ってくれ」
「ふふ、必ず」
そして俺たちは別室に移動。
支払いを済ませ、商品の引き渡しとなる。
真贋審美眼によって、魔法具が全て本物と確認。
移動式の檻に入れられた双子の姉妹も、すぐにやってきた。
二人共、前髪で片目が隠れている。
一人は勝ち気そうで、一人は大人しそうな雰囲気だ。
最初、檻から出されても、二人は母親に気づいていないようだった。
耳だけが原因ではなく、そもそもこちらをまともに見ようとしていなかったのだ。
しかし、エイールが駆け出し、二人まとめて抱きしめたところで、気付いたようだ。
「リヴ! ミヨル! 無事でよかった! 心配したのよ!」
「え……?」
「……お母、さん?」
「ひどいことされてない? ご飯は食べられたの? もう大丈夫、もう大丈夫だからね……」
涙と共に娘を抱きしめるエイールに、娘たちも母親が来てくれたのだと実感したのか、子供のように泣き出す。
家族の再会に水を差すわけにもいかず、俺とブランはその様子をしばらく眺めているのだった。
◇
三人を拠点に連れ帰り、その日は親子水入らずで過ごすよう伝えた。
翌日。
娘二人を連れたエイールが、執務室へやってくる。
「ありがとう……」
「ありがとう、ございますっ……」
ちなみに、勝ち気そうなほうがリヴで、大人しそうな方がミヨルだ。
「ロウ殿、改めて……娘たちを救い出してくださり、ありがとうございます」
「俺は金を出しただけだ」
「わたくし一人では、とても成し得ないことです。永遠に感謝を」
長命種が永遠を語ると、重みがある。
「そこまで気負わなくていい」
「いえ。夫や同胞が娘たちを見捨て、わたくしはただ当てもなく娘を探し惑っただけ。そんな中、ロウ殿と楽園の皆様が救ってくださったのです」
そんなふうに言われると、これ以上否定するのは躊躇われた。
「では、どういたしまして」
「その上、行く宛のない我々を楽園に置いてくださるとのこと。このエイール、誠心誠意ロウ殿に尽くす所存です」
エイールが片膝をつき、胸に手を当てて頭を下げる。
まるで臣下の礼だが、緑精霊族の場合は元々誰に対する姿勢なのだろう。
族長とかだろうか。
「お前達が此処にいてくれるなら、俺としても嬉しいよ」
「光栄です。ほら、二人も挨拶なさい」
「リヴよ……です。よろしくお願いします」
「ミヨル、です。その……助けてくれて、お母さんに逢わせてくれて、本当にありがとう、ございます」
ミヨルの方は緊張しつつも微笑みかけてくれたのだが、リヴの方が少し気になる。
感謝はするが、それはそれとして気に入らない、というような感情が透けて見えるのだ。
「ロウだ。二人は、何故森の外に出ようと思ったんだ?」
「別に……一生森の中なんてつまらないと思っただけ」
「わ、私は……リヴちゃんに誘われて……」
話を聞くと、森を出たところで遭遇した馬車に乗せてもらえることになり、さぁ人族の街を見てみるかと思ったところ、その馬車が奴隷商のもので、上手く契約魔法を結ばれてしまったようだ。
「な、なによ! 人族があそこまで卑劣だなんて知らなかったのよ!」
呆れられていると思ったのか、リヴが叫ぶ。
「やめてよリヴちゃん……っ。ロウさんだって人族だけど、私たちを助けてくれたんだから」
「そ、そうだけど……。あたしたちを救う代わりに、お母様が……!」
「エイールがどうした?」
「も、申し訳ございませんロウ殿! 二人は少し、勘違いしているようでして」
「勘違いって……! お母様、この人に約束したんでしょ! あたしたちを助けたら、耳を触ってもいいって!」
そういえば、少し時間をくれと言われたのだったか。
エイールの顔は燃えるように赤い。
「そ、それは、わたくしも納得したと伝えたでしょう!?」
「そ、そうだよリヴちゃん……。勝手に出てきた私たちが悪いけど、お父さんは助けに来てくれなかった。でも、お母さんとロウさんが助けてくれた……。私は、お母さんに賛成だよ」
「うぅっ、だ、だけど……。人間が新しいお父様になるだなんて……」
「――は?」
というのは、マーナルムから漏れた声だった。




