第59話◇落札
当日。
成功した商人のような格好をした俺と、緑のドレスに身を包んだエイール、そして執事姿のブランの三人で、オークションに向かう。
「お似合いです、旦那様、エイール様」
「はは、ありがとう」
「生地の手触りがとてもいいですね……」
エイールのドレスにはスリッドが入っており、白磁のような肌が惜しげもなく晒されている。
だが、布面積に恥じらうというよりも、生地の質感に驚いているようだ。
彼女が最初に逢った時に着ていた衣装もかなり露出が激しかったので、緑精霊族からすると、肌を出すことへの抵抗感はあまりないのかもしれない。
「よく似合っている」
「っ!? あ、ありがとうございます……」
エイールが赤面する。照れ屋なのだろうか。
「お二人とも、席はこちらです」
ブランが案内してくれる。同伴者は二名まで認められている会場なので、三人揃って座ることができた。
招待状は無事に手配できたので、入場も問題ない。
普段は劇場として運営されている施設が、今回の会場。
与えられた木板に数字が刻まれており、落札したければこの木板を掲げればいい。
予算を超えた場合は、泣く泣く板を下げることになるが、楽園の場合はその心配はない。
旅の初期に獲得した『倍々の壺』は、中に入れたものを一日後に倍にしてくれる。
手に入れた日から今日に至るまで、毎日金や銀や宝石を増やしている他、ダンジョン攻略で手に入れた金銀財宝、悪しき貴族から盗んだ品々の売却など、楽園の財源は潤沢。
席につくと、エイールの顔に緊張が滲む。
舞台上に、いつ娘たちが運ばれてくるか分からないのだ。
ほどなくして進行役が現れ、オークションが開始される。
呪いの絵……贋物。
どこぞの王が王妃に贈ったとされる宝飾品……本物だが趣味じゃない。
実在の殺人鬼が犯行に使用していたナイフ……本物な上に、魔法具だ。
ほとんど無意識に、木板を掲げていた。
「金貨二百枚……美女をお連れの五十七番さまの札が上がりました!」
「ろ、ロウ殿……?」
エイールは目を白黒させている。
「いや、すまない。あれはあぁ見えて希少な魔法具で……。その、とにかく娘たちの件は安心してくれていい」
俺は木板を上げ続けており、その間にナイフの値段がどんどん上がっていく。
最終的に金貨四百五十枚での落札となった。
銀貨が二枚あれば、家族でなんとか一月暮らせると言われている。
金貨は銀の十倍の価値がある。
つまり、金貨一枚で五ヶ月分。
このナイフの値段で、二千二百五ヶ月は暮らせることになる。
貧民窟で暮らしていた時には、考えられない金遣いだ。
「クリア殿あたりに渡すのですかな?」
ブランが小声で言う。
「あぁ、効果はあとで説明するよ」
尊敬と感謝に染まっていたエイールの目に、少しばかり困惑が混ざってしまう。
娘の救出に来て他の買い物をしていれば、仕方のないことだと受け止める。
だがその後も自重することが出来ず、蒐集欲のままに落札することになった。
手に入れたのは――。
――『血に飢えた短剣』
――生物を殺めるほどに切れ味が増していく。
――ただし、異なる使い手が新たに生物を殺めた場合、切れ味はリセットされる。
――希少度『B-』
――『子宝の首飾り』
――男女の営みで、子を宿しやすくなる。
――どちらか片方でも、心の内で子を欲していない場合は機能しない。
――女性が着用した場合のみ効果を発揮する。
――希少度『A』
――『演出された王権』
――着用者の命令を、他者が受け入れやすくなる。
――効果は、元々の関係性によって増減する。
――無関係の他者ほど効きづらく、着用者の配下、使用人などには効きやすい。
――希少度『B+』
――『一着の衣装棚』
――過去に着用したことのある衣装へと変化することができる。
――変化できるのは、衣類に限られる。
――希少度『C+』
……まずい、エイールの顔に不信感が浮かびつつある。
オークションをこれほど堪能してしまえば、無理からぬ話なのだが。
あと、幾人かの参加者たちからも、悔しげな視線を向けられていた。
欲しい品があればいつまでも木板を降ろさずにいるので、落札できなかった者たちからすれば面白くないだろう。
「さて、次の商品は今回の目玉、八大幻想種に数えられる希少種、森の精霊が人の姿をとったとも言われる――緑精霊族の娘です!」
会場がおぉっと盛り上がり、エイールがバッと立ち上がりかける。
予期していた俺とブランは、同時に彼女の肩を押さえる。
彼女はグッと唇を噛むと、激情を抑え込むように、浮かしかけた腰をゆっくりと下ろした。
「ただでさえ幻の種族だというのに、十代の双子の生娘です! 契約魔法と人工魔法具の首輪で縛っておりますので、逃走の危険もありません! 教養と魔法の才も備わっておりますので、魔術師としての運用も可能! 二匹セットで金貨五千枚からのスタートです!」
「リヴ……ミヨル……っ」
自分の娘を商品扱いされる気持ちは、本人以外にはわかるまい。
俺にできるのは、この不愉快な扱いから、あの二人を一刻も早く抜け出させることのみ。
これまでのように、木板を掲げる。
「おぉっとここでも札を上げました五十七番さま! その財力に底はないのか! 他のみなさまはどうでしょう! はい、二十番さま! 五千百です! 五千二百は! はい五十七番さま! 五千三百は!」
という具合に、どんどん値が釣り上がる。
二十番の木札を掲げるのは、キザな笑みを湛える貴族の男だ。
隣には、奴隷の首輪をつけた美女を連れている。
美女は暗い顔をしており、無理やり従わされているのは明らかだったが、俺は他のことに気を取られていた。
その美女が――『八大幻想種』だったのだ。
――『ファレン』
――黒角兎族。人間に近しい容貌をしているが、角と兎耳が生えている。
――優れた脚力と危機察知能力を備えている。
――『共に過ごす者に幸運をもたらす』異能を持つ。
――ただし、異能は同族には適用されない。また、ファレンが幸福であるほどに効力が強くなり、不幸であるほどに効力は弱まる。
――希少度『A+』
黒い毛並みの、ウサギの亜人だ。額からは、イッカクのような角が生えている。
年は十代後半から二十に差し掛かった頃だろうか。華奢だが足は健康的に引き締まっており、脚力が優れているというのも頷ける話だった。
シュノンほどではないが小柄で、シュノンに劣らず胸部の膨らみに富んでいる。
明らかに奴隷の身分に納得していなさそうなのだが……。
「六千九百! 五十七番さま! 二十番さま! はい七千! またしてもこのお二人の一騎打ちとなりました!」
そうなのだ。二十番の男も俺に負けず劣らず入札を繰り返しており、ここにくるまでも何度か一騎打ち状態になり、全体的に商品の値段が上がっていた。
「あ、あの……ロウ殿」
「大丈夫だ。俺が札を下げることはない」
ここで落札できなければ、娘たちが見知らぬ貴族の手籠めにされてしまう。
エイールからすれば気が気ではないだろう。
俺と二十番よりも周囲の方が盛り上がりを見せる中、値は一万、二万、三万と上がっていく。
最初はニヤニヤしていた二十番だが、どんどん表情が険しくなり、次第に顔に汗が浮かび始める。どれくらい金を持っているかと、それをどこまでここで使えるかは別の話だ。
ここで無理をすれば、それは他に響いてしまう。
二十番の中でどこまで戦えるかの計算が行われているのが、表情からわかった。
貴族としての見栄もあるのだろうが、こちらには限度額がない。
睨むようにこちらを見てくるので『薄影の仮面』を被りながらも微笑みを返す。
気付いたかどうか分からないが、彼の顔に青筋が浮かんだ。
「おーーーーっとぉ! 五十七番さま、ついに金貨五万枚です!」
二十番は、叫びだす寸前のような怒りの形相を浮かべたが、なんとかそれを深い吐息へと変換し、平静を装って木板を下ろした。
「落札! 五十七番さまが落札です!」
何故か会場に拍手が巻き起こった。
エイールを見ると、まだ信じられないという顔をしている。
これで娘たちが取り戻せるという実感が湧かないのかもしれない。
「大丈夫だと言っただろう?」
俺が微笑みかけると、彼女はこちらを見つめたまま「はい……」と呟いた。
その瞳が水気を帯びているのは、娘を取り戻せる喜びからか。
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