第58話◇おーくしょん
「おーくしょん、ですか?」
風呂に入って身綺麗になったエイールが、首を傾げる。
現在、俺たちはハーティの部屋に集まっていた。
俺、マーナルム、ハーティ、エイールの四人でテーブルを囲んでいる。
卓上にはハーティが焼いてくれたクッキーと、シュノンが淹れてくれた紅茶が置かれている。
そのシュノンは、扉の脇で控え、両手を腹の前で重ねている。
澄ました顔をしているのだが、メイドモードに入っているらしい。
新参者のエイールがいるからだろうか。
「あぁ。ちなみに、緑精霊族の集落に商人っているのか?」
「いえ、必要なものは各々で融通し合うので……。どうしてもという時は、物々交換をすることはありますが」
「なるほど」
興味深い。
「しかし、人間の領域に出て、商売の概念は理解しました」
「それはよかった。オークションというのは、一つの商品に対し、あとから値段をつけていくものだ。たとえば、この焼き菓子一枚を、俺とエイールがほしいとする。最初の値段は銅貨一枚だが、これでは決着しない」
俺は卓上の皿から、一枚のクッキーを手に取る。
「二人が欲するものが、一つしかない。その場合に、より高い金額を提示した者が、購入することができるのですね?」
「飲み込みが早いな」
俺が褒めると、エイールは照れたように頬を染めたが、すぐに表情を引き締める。
「い、いえ……。しかし、それと娘たちがどのような関係が?」
「言いにくいが、エイールの娘は二人とも奴隷商人に捕まってしまったようだ」
「ど、奴隷……?」
「嫌な言い方だが、商品として売られる人間、だな」
「なっ……! そ、そのようなことが許されるわけが……!」
エイールが怒りの表情を浮かべる。
「気に入らないのは俺も同じだが、奴隷自体は合法の国が多い」
「……人族は、よくもそのような悍ましい制度を考えられるものですね」
「そうだな」
同意見なので頷いたのだが、エイールはそれを違う意味に受け取ったようだ。
「……っ。い、今のは、ロウ殿を悪しざまに言うつもりはなく」
「大丈夫だ、わかっている」
「と、取り乱しました……」
「いいさ。とにかく、お前の娘を取り返す方法は簡単だ。競り落とせばいい」
「そ、そんな……。自分の娘を、買うだなんて……」
「納得は難しいだろうが、これが一番穏便に済む」
「そ、その、囚われている場所が分かっているならば、今すぐ行くわけには……」
「ハーティの力で、直接逢ったことのない人間について知ることはできない。あくまで、俺が娘たちと逢う方法を探してもらったんだ」
「そ、そうなのですね……」
「気持ちは分かるが、希少種の奴隷が乱暴に扱われることはない。私自身、奴隷としてはまともな扱いを受けていた」
その上で、妹を救出すべく逃走し、高価な奴隷に嵌められる人工魔法具の効果で怪我を負ったのが、マーナルムだ。
「マーナルム殿も、奴隷だったのですか?」
「あぁ。そこを主殿に救い出して頂き、同じく奴隷にされた多くの同胞を共に解放したのだ」
俺たちが経験者だと知ったからか、エイールの顔に希望の光が差す。
だが不安は完全には消えないようだ。
「し、しかし、人を買うとなれば、多くの金銭が必要になるのではないですか? わたくしに、そのような用意は……」
「助けると言っただろう。費用はこちらが持つ」
「……な、何故そこまでしてくださるのですか?」
「お前を助けたいと思っただけだ。それ以上の理由はない」
「そ、そうですか……そこまで、わたくしのことを……」
ごにょごにょと呟くエイールの言葉は、よく聞き取れなかった。
彼女は耳まで赤くしていたが、やがて何かを決意するように俺を見つめる。
「娘たちのことを、よろしくお願いいたします」
「あぁ、必ず再会させる」
「ロウお義兄さま、オークションは三日後です」
「招待状の手配はなんとかなりそうです」
ハーティとマーナルムの姉妹が言う。
ハーティが未来視で得た情報により、開催地や主催者を特定。
この五年で築いた人脈を駆使して、特定したイベントに潜り込む。
楽園は時に強引に希少な種族や品々を奪っていくが、戦闘狂ではない。
金で済むならば、取引することも多い。
楽園のそういった性質に気づき、財を築いた商人は少なくなかった。
無論、俺たちに売りつける為に希少種族を捕らえようとするような悪徳商人は、その度に痛い目を見ることになるのだが。
「あ、あのっ。ロウ殿、助けて頂く身で弁えるべきなのは承知の上ですが……そのおーくしょんなる催しに、わたくしも行くことは出来ないでしょうか?」
母としては、娘たちに一刻も早く再会したいのだろう。
「それはいいが、その場合は緑精霊族の特徴を隠す必要がある」
「み、耳は髪で隠せば……」
「ふとした拍子に出てくると困る。それをなんとかする魔法具があるんだが……」
「あ、主殿……しかし、あれは……」
『化粧直しの指輪』があれば、エイールの耳を他人には普通の耳に見せることができる。
だが、この魔法具は一つしかないのだ。
オークションのような催しでは、万が一にもエクスアダン家の死んだ三男だとバレぬよう、俺が『薄影の仮面』を着用することになっている。
こういう時、護衛はブランに頼むことが多いのだが、『化粧直しの指輪』が手に入ったことで、どんな時でも俺の護衛につけると、マーナルムが陰で喜んでいたのを、俺は知っている。
だからこそ、少々心苦しいのだが……。
ちなみに、ブランの分身能力によって、希少度A以下までの魔法具であれば、彼と共に複製される。
その性質を利用し、まず魔法具をブランに持たせ、魔法具ごと分身体に再現させたあと、本体から魔法具を返してもらう、という方法もとれるのだが、少し問題があった。
分身から離れると、複製した側の魔法具も消えるのだ。
つまり、複製した魔法具はブラン以外には使えないことになる。
これではやはり、マーナルムが同行することはできない。
「お姉さま。ここはブランさまにお任せしましょう? 競りにかけられるのがわたしだったら、お姉さまも人には譲らないでしょう?」
「うぐっ……そ、そうだな。主殿、護衛はブラン殿に頼んでおきます」
「あぁ、すまないな」
話が一段落つくと、ハーティが両手をポンッと軽く叩き合わせた。
その顔には楽しげな笑みが浮かんでいる。
「では、お二人のオークション用の衣装を決めましょう」
「いいですねぇ……!」
扉の脇に立っていたシュノンが、いつの間にか近くに来ている。
「い、衣装ですか……?」
「ドレスコード……服装が限定されるんだ。その場に合った服を着ていかなければならない」
「なるほど、儀装のようなものなのですね」
エイールは理解が早くて助かる。
「ふっふっふ、エイールママとロウさまを、シュノンたちが着飾っちゃいますよ~」
「あの、シュノン殿……わたくしの呼び方はずっとそうなのでしょうか……?」
困惑気味のエイール。
俺たち二人を置いて、ハーティとシュノンが盛り上がっている。
……まぁ、いいか。
ハーティには世話になっていることだし、彼女が楽しいのなら、これくらい喜んで付き合おう。
エイールには、娘と再会する為の必要経費と諦めてもらう他ない。
というわけで、それから数時間、俺たちは着せ替え人形にされたのだった。




