第57話◇新たな仲間、新たな来訪者
翌日。
目を覚ましたメラードが、シュノンに連れられて俺の執務室へやってきた。
「本当に、みなさんにはお世話になったようで」
「お気になさらず。ご無事でなによりです」
恐縮するメラードに、これ以上の謝罪や感謝は不要だと告げる。
幸いにも、彼女に怪我などはなかった。
「己の分を超えた品に固執したから、今回のようなことになってしまったのねぇ。もっと早く、代官様にお渡ししていれば……」
メラードはどうやら、自分が悪かったと反省しているようだ。
「メラードさんは悪くありませんよっ」
シュノンの言葉に、俺も頷く。
「あの絵は、貴女のところにあるべきものです。そのことを理解できない者が悪いのですよ」
俺とシュノンの言葉を受けても、メラードは力なく微笑むだけだった。
「夫との思い出を守ろうとするばかりに、思い出の家を失ってしまった。だから、これは私の過ちなんだわ」
そうか。彼女にとっては、絵に劣らず、夫と過ごしたあの家も宝物だったのだ。
二つの宝を、思い出を、奪われてしまった。
それで自分を責めているのか。
その時、俺の執務室を訪れる者がいた。
「主殿、準備が整いました」
マーナルムだ。
「ありがとう。――メラードさん、少し付き合って頂けますか?」
「え? えぇ、それはもちろん……」
部屋を出て、廊下を進む。
道中、メラードがマーナルムに火中から助けてもらった礼をする一幕があったりしつつ、到着。
「ここです」
「この部屋に何か?」
「メラードさん、失礼ですが、行く宛などは?」
「……村に空き家があったと思いますから、そこへなんとか住まわせてもらおうかと」
「あの代官がいては、それも危険でしょう」
屋敷が焼けて無一文になったが、それでも老婆に逆恨みして襲うくらいはできてしまう。
「それは……でも、仕方のないことだわ」
抗えない現実はあるのだから、仕方がない。
それはその通りだが、時には違う結末があってもいい。
「メラードさんに頼みたいことがあるのです」
「頼みたいこと? なにかしら」
「まずはこちらへ」
扉を開き、部屋に入ってもらう。
「これは――」
質素な部屋だ。寝台とテーブルと棚が置いてあるだけの部屋。
唯一の飾り気といえば、寝台の近くにイーゼルが置かれているくらい。架かっている絵は、どこかの湖のほとりを描いたもの。
「入手経路に怪しいところがあるので、誰かに売ることもできず。かといって手放すには惜しい。メラードさんには、この絵の管理をお願いしたいのです。代わりにこちらは、衣食住を保障しますので」
「……私で、いいのかしら」
「貴女ほどの適任はいませんよ」
メラードは話の間も絵を眺めていたが、ふいに俺の方へやってくると、両手で俺の手を包むように握った。
「ありがとう……ありがとうねぇ」
「こちらこそ。たまにでいいので、絵を見に来ても構いませんか?」
「ふふ。この絵はもう、貴方のものよ。私はただの管理人だもの」
この日、楽園のメンバーが一人増えた。
美術品の管理人、メラードだ。
◇
「お初にお目にかかります。エイールと申します」
執務室にやってきたのは、緑精霊族の女性だった。
金糸のような毛髪に、翡翠の瞳、透き通るような肌に、森のような香り、そして尖った耳。
探し求めていた八大幻想種の一つ、緑精霊族だった。
――『エイール』
――緑精霊族。人間に近しい容貌をしているが、耳が長い。
――長命、膨大な魔力、魔力操作能力、記憶封印魔法、結界魔法などを有する。
――希少度『A』
緑を基調とした彼女の衣装は、素朴でありながら刺激的だった。
ワンピース、と言えばいいのだろうか。脇腹のあたりからスリッドが入っており、腹部や臀部、脚部が大きく晒されている。
だが、彼女に恥じらう様子はない。緑精霊族にとっては、当たり前の格好なのだろうか。
マーナルムも動きやすさ重視で露出の多い格好をしているので、種族が違えば感覚も変わってくるということだろう。
「我々に頼みがあるとのことだったな」
楽園の存在を嗅ぎ回っている者がいるとのことで仲間が調べに行ったら、それがエイールだった。
事情を聞いた仲間は俺に逢わせるべきと判断したようだ。
「はい。我々は森で暮らしていますが、多少は外の情報も入ってきます。楽園なる組織は、あらゆる種族を受け入れ、また助けてくれるのだと」
「それで、何を助けてほしい」
今すぐその長い耳に触れたい衝動をぐっと抑え、話をきくことに。
「娘を探し出してほしいのです」
緑精霊族は、森で一生を終える。
だが、稀にそんな人生に嫌気が差し、森を出ていく者がいる。
森を出るには、故郷の所在に関する記憶を封印する必要があり、つまり一度出たら二度とは戻れない。
また、集落の周辺には結界魔法が展開されており、許された者以外は村落にたどり着くことができないという。
仲間からの報告書に森で延々迷ったというようなことが書いてあったが、結界魔法が理由か。
ともかく、エイールの双子の娘は、そんな緑精霊族の集落を出て行ってしまった。
最初は娘の選択に激怒していたエイールだが、時間が経つにつれ心配が募り、娘探しの旅に出た。
しかし世界はあまりに広く、緑精霊族に向けられる奇異の視線もあって娘探しは難航していた。
そこで楽園のメンバーに遭遇し、俺に逢えると聞きついてきたという。
「なるほど。わかった、協力しよう」
「本当ですか!?」
こうもすんなり行くとは思っていなかったのか、エイールが驚きの表情を浮かべる。
「娘を見つけたあとはどうする? 故郷には帰れないのだろう?」
「は、はい。なんとか仕事を見つけて……」
「では、ここに住むといい」
「そ、そこまでお世話になるわけには」
「ここには多くの者が住んでいる。緑精霊族が三人増えても困らん。望むなら仕事も与えよう。緑精霊族は魔法が得意と聞く、やれることは沢山あるだろう」
エイールはあまりに都合のいい展開に、しばらく呆然としていた。
「あ、ありがとうございます。なんとお礼を言えばいいのか」
「礼、か。俺からも頼みたいことが一つある」
「わたくしにできることならば」
「耳を触らせてもらえないか?」
「え?」
エイールが固まる。
「あぁ、無理強いするつもりはない。断っても、先ほどの話は有効だから気にしないでくれ」
他種族より長いからと耳を触らせろというのは、不快だったかもしれないと反省する。
「ロウ殿は、わ、わたくしの耳に触れたいのですか?」
エイールの顔が赤い。
何か恥ずかしがらせるようなことを言ってしまっただろうか。
「あ、あぁ」
「そ、その、わたくしは、二児の母なのですが」
双子の娘がいるのだから、二児の母なのはわかっている。
緑精霊族は長命で、年老いても若々しい姿を保つという。
「それが、何か問題なのか?」
「も、問題というか……その、夫とは離縁しておりますし、何も問題はないのですが」
旦那の方は森を出た娘のことは完全に忘れることにしたようで、考え方の違いから喧嘩になり、絶縁してエイールだけ森を出たのだと聞いた。
だがそれが耳とどんな関係があるというのか。
「先ほども言ったが、無理強いはしない」
「そ、その、しばらく考えさせて頂いても? 我々は、まだ出逢ったばかりですし」
確かに、出会い頭に体に触れさせろと言われては抵抗があって当たり前。
彼女の赤面の謎は残るが、追及するほどでもない。
「そうだな。まずは娘たちの捜索を優先しよう」
「か、感謝します」
「いいさ。マーナルム」
「ハッ」
ずっと側に控えていたマーナルムが応える。
「すまんが、ハーティの力を頼りたい」
「主殿のお役に立てるとあれば、妹も喜びましょう」
「最近は特に頼りきりだった。何か礼がしたいな」
「それとなく聞き出しておきます」
「はは、頼むよ」
「ハッ。それでは、ハーティの部屋に向かいます」
「俺たちもすぐに行く」
「承知いたしました」
マーナルムが部屋を出ていく。
「さて、エイール」
「は、はい」
「娘たちの捜索に向けて準備がかかる。その間に、風呂にでも入ったらどうだ?」
「風呂、ですか?」
エイールはピンときていない様子。
……湯に浸かる文化がないのか。
「あー、沐浴だ」
「あ、あぁ。ではお願いいたします」
「シュノン」
「はいはーい」
部屋の外に控えていたシュノンが部屋に入ってくる。
「ではではエイールママ、こちらへどうぞー」
「ま、まま……?」
エイールがシュノンに連れて行かれ、執務室に一人になる。
俺は虚空に向かって、手を握っては開いてを繰り返す。
「さ、触りたかった」
平静を装っていたが、白銀狼族、蒼翼竜族に続く、三種族目なのだ。
俺は内心高揚した。
子を想う母の気持ちを軽んじるつもりはないが、彼女の娘たちが出奔しなかったら、エイールには逢えなかったかもしれない。
この感動の礼ではないが、娘たちに逢わせてやらねば。
俺は立ち上がり、ハーティの部屋へと向かった。




