第56話◇無駄に大きな焚き火
『主殿』
怒りを押し殺すようなマーナルムの声が聞こえたのは、深夜のことだった。
俺は執務室で、仲間たちから上がってくる各地の報告書に目を通していた。
右耳のイヤリングに触れながら、マーナルムに応答する。
「何があった」
「メラード殿のお宅に火がつけられました」
「メラードさんは?」
「命じられたのは監視でしたが、放っておけず救助いたしました」
「それでいい。よくやった」
「ハッ。火を放ったのは、代官の手のものと思われます。家に踏み込んだ時、絵は消えており、メラード殿は縄で縛られていました。なによりも、あの剣士の匂いがしました」
「……なるほど。死んだら譲り受ける約束をしたのだから、殺して自分のものにしてもいいと思ったのか。清々しいまでのクズだな」
「いかがいたしましょう」
「メラードさんをみていてくれ。何人か連れて行く」
「承知いたしました」
部屋の外に出ると、執事のブランが控えていた。
「荒事とあれば、我々をお使いください」
恭しく礼をするブラン。
「我々ということは、クリアもいるのか?」
「わざわざ確認しなくていいよ。それで、誰を殺せばいいの?」
虚空から声がする。
「今回は殺しはなしだ」
「じゃあ、何をするわけ?」
「盗みだ」
◇
翼竜に乗って地上に降りた俺たちは、村まで移動しマーナルムに合流する。
何事かと心配する村人たちが、燃えるメラードの家を眺めている。
「マーナルム」
「主殿。メラード殿は、村人に預けました」
「そうか。じゃあ、行くぞ」
「代官の一味を潰すのですね」
「そうじゃない。あいつらは、絵を求めてこの村にやってくる者が現れないよう、絵は燃えたことにしたかったんだよ。その為に、メラードさんごと家を燃やそうとした」
「……下衆め」
「そうだな。だから、同じことをしてやろうじゃないか」
「盗人からなら盗んでいいって、悪人の理論だね」
またしても虚空から声がする。
「クリア! 主殿を愚弄するな!」
「いいんだよ、マーナルム。その通りなんだから」
「うぐっ、し、しかし。代官のような輩と主殿は同じではありません……!」
「そうだな。善良な人から奪わない分、違うかもしれない。けど、悪人から奪う奴だって、善人とは言えないだろう?」
義賊も賊だ。
「主殿が清廉潔白じゃないとついていけないってなら、ここに残れば?」
「ふ、ふざけるな! 地の果てまでもお供するに決まっているだろう!」
「お二人は、相変わらず仲がよろしいですな」
ブランの微笑みに毒気を抜かれたのか、二人の口論が止まる。
「行こう。二人には話したが、殺しはなしだ」
「承知いたしました」
三人を伴って代官の屋敷へと向かう。
警備の兵士は、不可視のクリアが音もなく近づいて昏倒させる。
俺たちは堂々と正面から屋敷に足を踏み入れる。
「ちょっと色々探してくるよ」
「頼んだ」
クリアが屋敷内の探索に向かう。
「主殿、どういたしましょう?」
「代官の寝室を探そう。あいつのことだ、手に入れたばかりの絵を眺めてるに違いない」
「寝室……メラードと同じ場所ということですか?」
老婆が寝室で眺めていた夫からの贈り物を、奪って自分の寝室に飾る。
「いかにも、性格の悪い奴が考えそうだろう?」
「ふむ。性根の腐った御仁のようですな」
「……匂いはこちらからします」
マーナルムが鼻を微かに揺らすと、先頭に立って案内してくれる。
屋敷の中に入り、寝室に向かう。
「寝室の前に、あの剣士がおります」
「マーナルムに任せる」
「ハッ」
マーナルムが進み出ると、剣士がぎょっとした。
「ど、どうやってここに――ぐっ」
彼女が片手で剣士の首を締め上げる。
「賊だぞ、剣を抜け」
「まっ、ゆ、許しでぐれっ」
「老人を縛って焼き殺そうとした者を、誰が許す」
「め、命令だっだ」
「だから、剣を抜けと言っている。人を殺めてでも続けたかった仕事なのだろう? せめて職務を全うしてみせろ」
マーナルムにとっては、よっぽど腹に据えかねる行動だったらしい。
彼女は剣士を廊下に放り投げると、ゆっくりと近づいて行く。剣を抜く猶予を与えているのだ。
寝室への道が開けたので、俺とブランはそのまま進んでいく。
「旦那様、私が先に」
「任せるよ」
「お任せを」
ブランが扉を開くと「ひょえー!」という奇声と共に、代官が剣を振りかぶって突っ込んできた。
ブランは壁に引っ込みつつ足だけを出す。
すると代官は見事にすっ転び、「ぎゃあ! 痛い! 死ぬぅ!」と転げ回る。
「……見るに耐えませんな」
ブランが額を押さえる仕草をした。
「絵を回収してくるよ」
「はい。ここはお任せを」
寝室には、絵が飾ってあった。
この絵を持ち運ぶには方法がある。
絵の正面からではなく、裏から近づくことで、あの世界に入ることなく絵を移動させることができるのだ。
俺はその方法で絵を回収し、『収納上手な皮袋』に入れる。
寝室の外に出ると、代官が縛られた姿でこちらを睨んでいた。
ふと視線を廊下に向けると、剣士が仰向けに倒れている。その鎧が凹んでいるので、マーナルムから強烈な一撃をもらったようだ。
「二人とも、ご苦労だったな」
「ハッ」
「あまり、働いた気がしませんな」
「貴様、昼の商人か! こんなことして、ただで済むと思うなよ! 仲間も全員処刑してやる!」
「貴方は?」
「は? な、何を言っている」
「亡き夫からの贈り物を大切にしているだけのご婦人から、思い出の家と絵を奪い、命までとろうとした貴方は? ただで済むとお思いですか?」
「ふ、ふざけるな! 死にかけの老婆には過ぎた品を、優秀な私の手元に置くことの何が悪い!」
「そうですか。優秀な貴方なら、この先の窮地も乗り越えられるでしょう。健闘を祈ります」
「金庫室、見つけたよ。しょぼい村の代官にしては、溜め込んでる方だね」
何もないところから声がしたので、代官がビクッと震える。
「マーナルム。あっちの剣士と合わせて、代官様を屋敷の外にお連れしてくれ」
「……ハッ」
「お、おいっ! 何をする! やめ、やめろ! 誰かいないか! 誰でもいい! 賊を始末しろ! そうすれば金貨、いや銀貨を五枚やる!」
このメンバーから代官を奪還するのに、銀貨では割に合わないにも程がある。
「ブランは、屋敷に残っている者がいれば外に追い出してくれ」
「承りました」
「じゃあ、こっち来て」
左手がくいっと引かれる。
自分では分からないが、今、俺は透明になっているのだろう。
代わりというわけではないが、クリアの姿は鮮明に見える。
彼女の能力で透明になっているものは、互いを認識できるのだ。
屋敷の金庫を『盗賊の鍵』で開く。
金貨の枚数は大したことないが、美術品に関しては充実していた。
魔法具はないようだが、美術品にも【蒐集家】は反応する。
「こいつ絵画集めるのが趣味みたいだね。こういうのに感動する気持ち、アタシにはわからないけどね」
「世間で優れていると言われる絵を理解できなくても、なんの問題もない。泣いている絵から楽しさを見出してもいいし、逆でも構わない。どう受け取るかは、常にそれぞれの自由だ」
「ふーん。で、どうすんの?」
クリアは興味なさげだ。
「全て頂いていくさ」
「いいね」
今度は楽しげ。
彼女の考えていることはよく分からない。
二人で片っ端から『収納上手な皮袋』に美術品を仕舞っていく。
ものの数分で金庫室は空になった。
もう用はないので部屋をあとにし、仲間と合流すべく外へ向かう。
途中、クリアが壁に掛けられた松明を手に取った。
そして屋敷の外に出ると、それを俺に手渡し、にこりと笑う。
「どうぞ、ボス」
こんな時ばかりボス呼びだ。絶対に楽しんでいる。
俺は屋敷に火をつけた。
思いの外、火の回りが早い。
「厨房で油を見つけたから、合流前に屋敷中に撒いておいた。感謝していいよ」
一瞬で、屋敷が巨大な焚き火と化す。
「くそ! なんてことを! おい、誰か縄を解け! 火を消せ! 何をしている!」
代官が叫んでいるが、手を貸す者はいない。
奴に雇われていた者達も、金がもらえるから従っていたに過ぎない。
その全てが灰になるなら、従う義理もないということだろう。
「くそ! くそ! 何故私がこんな目に!」
己だけは罰せられない、あるいは己の悪事だけは悪ではない、と考える者は非常に多い。
そういう者は、己に罰が下された時も、最後まで己の非を認めることができない。
改心の余地がない人間はいるのだ。
「主殿、あれを放っておいてよいのでしょうか?」
「こんな不始末を起こして、金もなくなったんだ。代わりの代官が寄越されるだろう。この村は大丈夫さ」
「つまりあの者は、騒がしいだけの男になると?」
「そうだな。ただ、それでもメラードさんが生きていると分かれば危害を加えることはできる。彼女のことは一旦、拠点に連れて行こう」
俺がそう言うと、マーナルムが安堵を表情を浮かべた。
「はい!」
「今回の件、報酬は四分の一でいいよ」
「クリア貴様、主殿に金をせびるか!」
「正当な対価を求めてるだけだから」
「主殿を案内する前、何枚の金貨を懐に忍ばせた?」
「……証拠もないのに糾弾しないでくれる?」
「なら潔白を証明する為に姿を現せ!」
「……」
「黙るな! そこにいるのは分かっているのだぞ!」
まぁ、クリアほどの能力者が指示に従ってくれるのだ。金貨の数枚くらい懐に入れても気にはしないのだが。
生真面目なマーナルムは唸り声を上げている。
「やはり、仲がよろしいですな」
「喧嘩するほど仲がいい、というやつかな」
「まさに」
ブランと俺は、顔を見合わせて笑った。
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