第53話◇妖精
「助かったよ。けど……妹はいいのか?」
「ハーティは他の者に任せました」
妹を救い出せたからか、彼女の瞳は潤んでいた。
「そうか。みんな、聞いてくれ! あの聖獣はリアンが助けてくれる! 今は彼を信じ、目的地へと急ぐぞ!」
「ぞ、族長がそう言うなら」
「聖獣さまのことは、リアンさまにお任せしよう……」
奇襲を生き延びた聖騎士たちも、いずれ態勢を整えるだろう。
今のところ幸運にも味方に犠牲者は出ていないが、あれ以上時間をかけていたら危なかった。
リアンが一時離脱したことで、代わりにマーナルムが俺を運んでくれることに。
「お姉さま、あちらです」
白銀狼族の女性に背負われたハーティが、ある方向を指差す。
その時、轟音と共に大地が大きく揺れた。
事前情報がなければ、驚愕していただろう。
心構えをしていたというのに、凄まじい衝撃だった。
空飛ぶ大地が、墜落したのだ。
「みな、ハーティの指し示す方向へ進むぞ!」
マーナルムの叫びに「応ッ!」という声が幾重にも重なる。
白銀狼族たちが森の中を駆けることしばらく。
それが視界に飛び込んできた。
逆さにした山が、落ちていた。
違う。それは、つい先程まで空中を泳いでいた大地だ。
再び、真贋審美眼の情報を再確認する。
――『トイグリマーラ』
――空中移動要塞。妖精と共に住まう者がいることで、空を飛ぶことができる。
――住人が多ければ多いほど、解放される機能が増える。
――住人がゼロになると、いずれ墜落する。
――墜落からしばらく経過すると、妖精がこの地を見限り、二度と飛べなくなる。
――希少度『S+』
かつてトイグリマーラで暮らしていた者たちがいて、彼ら彼女らが命を落としたから、この大地も堕ちてきた、ということになるのか。
「こちらです」
ハーティに言われるがまま進む。下部はどこも剥き出しの岩石に見えたが、どうやら違うようだ。
「ロウお義兄さま、そちらに隠された装置があります」
ここからは自分で歩けるようで、ハーティが同胞の背中から下りる。
「……おにいさま?」
初対面で兄呼びされるとは思わず、驚いてしまう。
「ふふ、お姉さまがそれだけ心を許す殿方は、これまでいなかったのですよ?」
「……ハーティ。再会早々姉をからかうのはよせ」
マーナルムの顔が赤い。
そんなマーナルムに下ろしてもらおうと、俺は岩肌を撫でてみる。
しばらくすると、ある一部分が深く沈むのが分かった。
ガコンッという音と共に、岩肌の一部が動き出し、扉のように開いた。
「こちらから上に行けます」
中は広い空間になっており、全員が問題なく入ることが出来そうだった。
「入ろう」
白銀狼族たちは訝しみつつも、俺とハーティが言うならばと中に入る。
中の壁になにやら丸い突起があった。『地下』『地上』と書かれた二つがある。
上に行くというからには『地上』かと押してみると、扉が締まり、空間が震えた。
白銀狼族たちがビクッと震えた。
「これは……この部屋自体が移動しているのか?」
「そのようです」
ハーティが微笑みながら答える。
しばらく揺れが続き、やがて止まると、再び扉が開く。
外へ出ると、そこは草原だった。
「みなさんはここに。ロウおにいさま、こちらへ」
ハーティに促されるままに移動すると、祠のようなものが見えてくる。
「『妖眼鏡』を」
俺は『妖眼鏡』を取り出し、祠を視るように覗き込む。
目の前に、羽根の生えた小人が映っていた。
「っ」
「わっ、見えてる? 見えてるの?」
金髪碧眼の小人は中性的で美しい顔をしていた。声だけ聞けば童女のようだったが、性別といったものがあるのか否か。
それよりも、真贋審美眼が反応しないのが不思議だった。
『妖眼鏡』の力で見ているもの、だからだろうか。
「見えてないの?」
寂しそうな声を出す小人。
「いや、見えているよ」
「おー! その魔法具のおかげ?」
「そうだな」
「そっか、それでも嬉しい! ここ住む? 一緒に暮らす?」
「俺と、その仲間も一緒に住みたいと思ってるんだが……構わないか?」
「いいよ! 嬉しい!」
妖精は俺の周囲を飛び回る。すると光の鱗粉が俺に降り注いだ。
「あなた、お名前は?」
「ロウだ。君の名前は?」
「パーチはパーチ!」
「そうか。受け入れてくれてありがとう、パーチ」
「いいよいいよ!」
「ところで、この要塞は、どうやって浮かぶんだ?」
「パーチに言ってくれればいいよ! 飛ぶ? 飛ぶ?」
「そうだな。飛びたいけど、少し待ってくれ」
「待つよ。どれくらい?」
「そうだな、そう長くはかからない」
と、待つことしばらく。
『ロウよ、待たせたな』
リアンが合流した。
マーナルムが気を利かせて、先程の装置で下まで降りて、待っていたようだ。
リアンは傷だらけで、彼の隣には一回り体格の大きな、白銀の巨狼が佇んでいた。
「トレイルの支配下からは抜けたんだな」
『うむ。戦いの最中、トレイルなる者が命を落としたようでな。正気を取り戻したこの者と共に、ここまでやってきた』
「そうか。隣の聖獣様も、一旦一緒に来てくれるか?」
『そなたが、我が眷属たちを救いし者ですね。感謝します、人の子よ』
こちらの聖獣の言葉は、女性の透き通った声に聞こえる。
「どういたしまして」
『我とこの者は、長く一所にいるべきではありませんが……。今はそなたに任せましょう』
「それはよかった。パーチ、飛んでくれ」
「いいよ! どこ行く? どこ行きたい?」
「そうだな。ひとまず、東へ」
ここから東へ向かった街で、シュノンを拾わねばならない。
「わかった!」
パーチが応えるや否や、ずずず、とトイグリマーラが揺れる。
「主殿!」
リアンたちと共に合流したマーナルムが、俺を支えてくれた。
「ありがとう」
「いえ……こちらこそ、ありがとうございます。主殿のお力によって、妹を救い出すことが叶いました」
マーナルムの蒼い瞳が、水気を帯びている。
熱っぽい瞳でこちらを見上げるマーナルム。
こういう雰囲気は慣れない。
「まだまだ、他の白銀狼族たちも助けないとな」
俺が口にしたのは、そんな言葉だった。
「はい……!」
直後、一瞬の浮遊感に襲われる。
俺たちは動いていないのに、視界の先が動いていく。
大地の方が、浮いているのだ。
「ははは、本当に空を飛んでいる」
「……主殿とお逢いしてからの日々は、驚くことばかりです」
「これからも、きっとそんな日々が続くぞ」
「どこまでもお供します」
「あぁ、マーナルムがいれば安心だ」
こうして、俺たちはハーティの救出に成功し、空中移動要塞も手にしたのだった。
◇
「――と、いうわけだ」
「すごい! 今浮かんでいるこの島は、そうして手に入れられたのですね!」
「ご主人さま、すごいです」
リュシーとモルテがぱちぱちと手を叩きながら瞳を輝かせている。
「うんうん、それでマナちゃんは族長様のお子種がほしくなったんだね。わかるー」
「ぶっ……! クエレ、き、貴様というやつは!」
マーナルムがお茶を噴いて、顔を真っ赤にしながら激昂する。
シュノンがモルテの、ハーティがリュシーの耳をそっと塞いでくれたおかげで、子供二人には聞かれずに済んだ。
「えー? だってそういうことでしょ? 自分の為にそこまでしてくれるオスを逃すとか、有り得ないよー」
「ぐっ、だ、黙れ! わたしだって……ではなく! 主殿のお気持ちが第一だろうが!」
「マナちゃん何言ってるの? 美しいメスに惹かれないオスなんていないよー。マナちゃんもアタシも超美女なんだから、族長様も内心ドッキドキなはず!」
「戯けが! 主殿はそのような表層的な部分で他者を判断せぬわ!」
「え? 族長様、アタシたちの綺麗なとこ、絶対好きだと思うよ?」
と、二人の視線がこちらに向く。
「確かに、二人とも美しいし、俺の【蒐集家】の部分はそれを好ましいとも思っている」
「ほらー」
「だが、人としてはマーナルムの実直さ、忠義や優しさ。クエレの正直さ、天真爛漫な性格などを好ましく思っている」
「うんうん! じゃあ子作りしよう!」
「こ、こんの、馬鹿者がぁ!」
「もうー! 大事なことじゃん!」
「何度も言っているが、仮にそうだとして、相手が貴様である必要はあるまい!」
「でも、アタシ蒼翼竜族の頭だったし! アタシを差し置いて他の子たちが族長様にアタックもできないだろうし。まずはやっぱり、アタシとかマナちゃんじゃない?」
それに、とクエレは続ける。
「族長様との赤ちゃん、絶対可愛いよ」
なにやら想像したのか、女性陣が言葉に詰まった。
「待ってください、白銀狼族、蒼翼竜族、この島の勢力はその二つではありません」
「人間代表でノンちゃん?」
「いいえ、全てのメイドを代表してのシュノンです!」
「よし、じゃあ三人まとめて娶ってもらおう! 解決!」
「勝手に話を進めるな! 申し訳ございません主殿! すぐにこの愚か者を黙らせますので!」
「そうです。こういうのは、ロウさまからの素敵でロマンチックなプロポーズを、淑女として待つべきだと思います!」
「待ってるだけじゃ、他の子にとられちゃうよー」
シュノンもマーナルムもクエレも、好きだ。
今の楽園に、目立った問題はない。
金銭的にも余裕があるし、子育てを手伝ってくれる者も、教師役を務められる人材もいる。
子供の遊び相手にも事欠かない。
その上女性側も乗り気だというのに、俺は何故動かないのか。
きっと、自分が父親というものに期待して来なかったから、なりたい父親像というものがないのだ。
親になる熱意のようなものに、欠けている。
と、自分ではそう考えているのだが、実際のところはどうなのだろう。
「あのー、みなさん何の話をされているのですか?」
耳をそっと塞がれていたリュシーが、痺れを切らせて尋ねる。
「クエレ、その話はまた今度にしよう」
「はーい。でも、今度絶対ね?」
「あぁ」
クエレが静かになったところで、リュシーへと向き直る。
ハーティがリュシーの耳からそっと手を離した。
「今から、妖精に会いに行くかい?」
「え? よいのですか?」
「あぁ、モルテもどうだ?」
「あ、逢ってみたい、です」
「じゃあ決まりだ」
「まぁっ、楽しみですねモルテさん」
「は、はい」
わくわくそわそわした二人を連れて、俺は妖精のもとへ向かうのだった。
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新連載も同時更新です!
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