第52話◇救出
全員の瞳に、決意の光が宿っている。
「族長! 視えました! 空飛ぶ大地が、落ちてきてます!」
木に登った白銀狼族の男から報告が入る。
「どこに落ちそうだ?」
「このままだと、森に突っ込んできそうです!」
「よし」
街中や平原でなくてよかった。
いかにハーティの未来視であろうと、落下地点を操作するようなことは出来ないだろう。
ここばかりは運だったが、いい目を引けたようだ。
この森の中であれば、いかようにも罠を仕掛けることができる。
そして、俺たちが罠を仕掛けることを未来視で知っているハーティならば、聖騎士団たちをそのルートに誘導することは容易いだろう。
『ロウよ、戦いか』
白銀の毛並みの巨狼が俺の隣にやってくる。
他の白銀狼族たちは、敬うように膝をついた。
「あぁ、リアン。マーナルムの妹を助ける戦いだ」
『助力しよう』
「助かるよ」
『それは、こちらが言うべきだろう。眷属が為に奔走するお前とシュノンには、我こそ感謝している』
「リアンとマーナルムにとって大事なものなら、俺にとっても同じだ」
俺の言葉を聞いていたマーナルムが、狼耳をぴくっと震わせた。
『ふっ。乗れ、ロウよ』
「あぁ」
リアンが屈んでくれたので、彼の背にまたがる。
「作戦開始だ。みんな、行こう」
この森は白銀狼族の故郷だ。
空飛ぶ大地が落下する方角さえ分かれば、そこに至るまでの『奇襲に最適な場所』などいくらでも分かる。
俺たちはその一つで待ち伏せすればいい。
待つことしばらく、白装束の一団が見えてきた。
戦闘は金髪の聖騎士、シュラッドだ。
「本当に聖騎士団が来やがった」
「族長にも未来が見えるのか?」
「ばか、説明受けたろ。ハーティが未来を視れるってことを頭にいれて、族長は作戦を考えたんだよ」
「何度説明されてもわかんねぇよ……」
「つまり、族長はすげぇってことだ」
「それならわかる」
白銀狼族の者たちが小声で話している。
「貴様ら、静かにしろ」
マーナルムが注意する。
両サイドが崖になっている、狭い道だ。
木が生えていないので、騎兵や馬車の通行は可能。
ハーティが提案しても不審がられない道と言える。
敵は奇襲など予想だにしていないのだから、警戒する理由もないだろう。
急ぎここにやってきた俺たちは、崖の上で大岩や丸太を用意していた。
「三台ある馬車のどれかにハーティが乗っている。馬車だけは潰すな」
俺の指示に、仲間たちが頷く。
タイミングを計り、俺は言った。
「――今だ」
凄まじい音と共に、大岩や丸太が両側の崖を転がり、聖騎士団を襲う。
「な、なんだ……!?」
「頭上注――ぐぎゃっ……」
「抜剣して何になる! 魔法か異能で――ガッ……!」
どんな前世を持っていようが、使う隙がなければ意味がない。
彼らの乗る馬には申し訳ないが、敵の半分以上が落石と丸太に潰され、死ぬか重傷を負った。
俺は『薄影の仮面』の仮面を装着する。
聖騎士団は貴族子弟の集まり。どこに俺を知っている人物がいるとも限らない。
公式に死者である俺が、こんなところで生きていると知られるわけにはいかなかった。
「行くぞ」
俺はリアンの背にまたがったまま、他の白銀狼族は生身の状態で、崖から駆け下りる。
「くそ! だから獣混じりを信じるなど反対したんだ!」
「敵襲! 敵数不明!」
「だが何故ここが分かったんだ!?」
白銀狼族の凄まじい身体能力に崖を駆け下りる速度が乗る。
「家族の仇だセイキシ共!」
「森の怒りを受けよ!」
「妹を返してもらうぞ」
敵の生き残りがまだ動揺から立ち上がれない中、ある者は心臓を素手で貫かれ、ある者は喉笛を噛みちぎられ、ある者は両腕を骨ごと引き抜かれる。
敵の悲鳴と断末魔が森に響き、溶けていく。
「愚か者共が! 獣の襲撃程度で動じるなど、恥を知れ」
シュラッドが手をかざすと、やつの手で何かが瞬く。それは雷を連想させる輝きだった。
マーナルムたちから、村落を襲った聖騎士たちの情報は聞いていた。
シュラッドなる男は、雷属性の魔法を使うのだとか。
――『シュラッド』。
――人間。
――【英雄】の前世を持ち、『身体能力強化』『剣技強化』『対亜人攻撃強化』『対魔獣攻撃強化』『雷属性魔法習得』など複数の異能を持つ。
――希少度『S-』
なるほど、優れた戦闘系の前世を持っているようだ。
「畜生風情が人に抗うとは、死を以って償うがいい!」
シュラッドの魔法が、一人の白銀狼族を狙う。
「リアン」
『承知した』
リアンがその軌道上に飛び込み、俺は彼の上で聖剣を引き抜く。
刃を振るった瞬間、それが雷魔法に触れた。
閃光と共に、魔法が掻き消える。
「……なに!?」
シュラッドが瞠目する。
「人がそんなに偉いとは、知らなかったな」
「その獣……聖獣か? 貴様、何者だ」
「まるで子供だな」
「なんだと?」
「聞けばなんでも答えてもらえると思っている」
シュラッドの顔に青筋が浮く。
「……確かに、無意味な問いであった。下郎は斬るのみ」
「それはまた、次の機会にでも」
もうそろそろだろうから。
「主殿……!」
視線を向けると、マーナルムがハーティを腕に抱いている。
「なッ……!?」
シュラッドはハーティを奪還したことが信じられないようで視線を馬車の周囲に向けるが、そこに映るのはマーナルムの怒りによって無惨な死に様を晒す部下の姿だった。
「よくやった。全員、退却だ……!」
俺の叫びに、白銀狼族の全員が即応する。
殺しきれなかった聖騎士の存在、なによりもシュラッドが生きていることが度し難いだろうに、指示に従ってくれる。
「それは私のものだ! 置いていけ!」
シュラッドがマーナルムに向かって雷撃を放つが、素早く軌道上に割り込んだリアンのおかげで、聖剣が間に合う。
「くそ! なんなのだ! 何故下郎の剣で我が魔法が防げる!」
【剣聖】より賜った聖剣だからなのだが、わざわざ教えてやる必要はあるまい。
全員、無事に崖を登りきれたようだ。
「リアン、俺たちも行こう」
「行かせるものか! ブロックス、さっさとこの岩をどけろ!」
「は、はい隊長!」
ブロックスと呼ばれた少年が触れると、岩石が砂のように崩れていく。
土魔法が得意なようだ。
「トレイル、貴様は何をしている! さっさとアレを出せ!」
「ぐ、ぅ……」
トレイルと呼ばれた男は、瓦礫に下半身が潰されていた。
まだ辛うじて息はあるようだが、このままでは長くはもつまい。
そんなトレイルに、真贋審美眼が反応する。
――『トレイル』。
――人間。
――【調教師】の前世を持ち、『テイム』『眷属強化』など複数の異能を持つ。
――希少度『A+』
「役に立てば霊薬を使ってやる! それともこのまま死ぬか!?」
調教師……?
と内心で首を傾げた次の瞬間、馬車の一つが爆発した。違う、何かが馬車を破壊しながら飛び出してきたのだ。
『……これは』
リアンの呆然とした声。
「聖獣……? だが、これは……」
――『聖獣(狼)・本霊』
――動物が魔獣化したのではなく、精霊が肉体を得た存在。使用魔法は『形態変化』『身体能力強化』など。
――悪しきものを退ける性質を持つ。存在が大きくなると、子供を産むように分霊を創り出す。
――特記事項・現在、トレイルの支配下にあり、『浄化』などの聖なる力を失っている。
――希少度『S』
白銀だった筈の毛並みは、漆黒に染め上げられている。
テイムによって強制的に従えられているからか、どこか苦しげな様子。
なによりも、リアンや白銀狼族たちがこの距離で気づかなかったということは、聖獣本来の清浄な気配が汚されてしまったということ。
「あれは……聖獣様!?」
「セイキシの奴ら、この森の聖獣様まで!?」
「許せねぇ……今からでも戻って皆殺しに……」
失踪したというこの森の聖獣は、トレイルの支配下に置かれてしまったのか。
『ロウよ、あの者は我に任せて先に行け』
「……分かった。だがリアン、あのトレイルって人間からは距離をとるんだ。お前まで操られてしまうかもしれない」
『承知した』
そう言うと、リアンは一度屈み、大きく跳ねた。
その勢いで俺の身体が空中に投げ出される。
「主殿!」
空中で俺を抱きとめ、華麗に着地したのは、マーナルムだった。
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