第51話◇決行
それは、双眼鏡であった。貴族が観劇用に使うような華美な装飾とハンドルのついた品で、骨董屋の店主もどのような経緯で店にやってきたのか覚えていないという。
庶民が買うには値が張り、貴族がやってくるような店舗でもない為に売れ残っていたのだと。
俺が購入の意思を見せると、嬉々として売ってくれた。
店を出てから、マーナルムが声をかけてくる。
「主殿、その品が……?」
「あぁ、『妖眼鏡』だ」
「では、妹には本当に、この未来が視えていたのですね」
マーナルムの声は震えている。
「あぁ。最良の未来に、この魔法具が必要なんだろう」
「そ、その、一体どのような魔法具なのですか?」
「妖精の姿を捉え、その声を聞くことができる双眼鏡だ」
試しに覗いてみるが、特段変わったものは映らない。
妖精というのは、そのへんにいるわけではないらしい。
マーナルムにも試してもらうが、同じく妖精は視えないという。
「こ、これが妹の救出に、どう役立つのでしょう?」
「あぁ、そうか。すまない、興奮のあまり言い忘れていたな」
「主殿……?」
「あの空飛ぶ大地には、妖精がいるようなんだ。そして、妖精と共に住まう者がいなくなった時、あの大地は墜落する」
「妖精が住まう島……妖精を捉える魔法具……。では、ハーティはこの魔法具で、我々に空飛ぶ大地を追えと伝えたかったのでしょうか?」
マーナルムは少し考えるような間を開けてから、確認するように言う。
「そうだな。さっきのシュラッドの言葉を思い出すと、奴らもそれを狙っているようだった」
「! そして、ハーティに落下時期を読ませた。正確には、読ませたつもりでいる?」
「シュラッドは、肝心な時にハーティを伴って移動する。今日そうだったように。なら、空飛ぶ大地が墜ちる日も同じだろう」
「なるほど! その時が、妹を救出する好機ということですね!」
「そうだ。敵が守りを固めている中を襲撃するよりも、敵の移動中を不意打ちできる方がいい」
「今度はこちらが奴らを狩るわけですね」
「それだけじゃない」
「と、いうと?」
「ハーティはおそらく、空飛ぶ大地を頂くつもりなんだ」
「奴らからハーティを奪還し、奴らが狙っていた空飛ぶ大地を蒐集する。痛快じゃないか」
マーナルムには、あの大地を蒐集するという言葉がピンとこないようだった。
「いずれにしろ、我ら白銀狼族、主殿のご指示に従います」
「あぁ、頼りにしているよ」
◇
森の中に、村落が築かれていた。
彼らからすれば仮の拠点なのだが、俺が渡した斧で木を伐採し、またたく間に幾つもの小屋を立てたのだ。
「族長! おかえりなさい!」
「マーナルムも、よく戻った!」
「族長!」「族長!」「族長!」
俺はいつの間にか、族長と呼ばれるようになった。
聖獣リアンに認められ、マーナルムを救い出し、四十三人の白銀狼族の救出に成功した俺は、種族に関係なく長に相応しいとだと。
くすぐったいが、白銀狼族たちの士気が上がるならばと受け入れることにした。
「おかえりなさいませ、ロウさま」
白銀狼族に混ざって忙しそうにしていたシュノンが、俺を見つけて駆け寄ってくる。
「ただいま、シュノン」
「族長! セイキシの奴らは見つかりましたか!」
「いつ血祭りに上げてやりましょうか、族長!」
「なぁに、族長なら、すんごく賢いなんかいい感じの策を立ててくれる筈だ!」
「おう! 俺たちは族長の言う通りに動くだけだな!」
期待が重い。信頼と受け取るべきか。
「夕食を摂りながら、お話を聞かせてください」
シュノンの言葉にみんなも納得したのか、夕食の準備に取り掛かる。
そして、夕食時。
焚き火に照らされながら、丸太を横倒しにしたものを椅子にしながら、みんなで食事を摂る。獣の肉を焼いたものに、野草とキノコのスープ。
シュノンが用意した調味料もあって、素材の味が際立った料理になっていた。
「ふむふむ」
「なるほど」
俺の話を聞いた白銀狼族たちが、うんうんと頷き――。
「つまり、セイキシの奴らをぶっ殺すというわけですね!」
「そしてハーティも助かる、と。いいじゃないですか!」
「貴様ら、主殿の話を真面目に聞かんか!」
マーナルムが立ち上がって同胞を怒鳴りつける。
「ちゃんと聞いてるって。族長の言う通りに動けばいいんだろ?」
「さっさとハーティを助け出して、残りの同胞も助けに行こうぜ!」
そう。他にも売られてしまった白銀狼族はいる。
彼ら彼女らを救い出す為にも、未来視を持つハーティは先んじて仲間にしておきたい。
マーナルムにつられてではないが、俺も立ち上がる。
「俺に未来は視えない。聖騎士団の脅威は、お前達が一番知っていることだろう。ハーティ一人を救う為に、この場の中の誰かが命を落とすかもしれない。それでも、力を貸してほしい」
一瞬の間が空いたあと。
「応ッ……!」
と、白銀狼族のみなが雄叫びを上げる。
「この森に帰ってこられたのは、族長のおかげだ!」
「全員助ける! まずはハーティだ!」
「仲間の為に命を懸けるのは、当たり前のことだ!」
暑苦しい、などとは思うまい。
彼らと仲間になれたことが、俺にはただただ喜ばしかった。
◇
そして、その日はやってきた。
『ロウさま、沢山の騎馬と、数台の馬車が屋敷から出発しました』
森の中にいる俺は、左耳についた『お喋りな耳飾り』のおかげで、街にいるシュノンの声が聞くことができる。
俺はイヤリングに触れ、シュノンに応答した。
「了解。それじゃあ、合流地点に向かってくれ」
『了解です! 絶対に迎えにきてくださいね! 置いてけぼりにしたら、シュノン泣きますからね!』
「もう置いていかないさ。追いかけてくるって、わかったからな」
家を出ることになった時、シュノンのことはエクスアダン家に置いてきたのだ。
彼女は立派にメイドとして働いていたし、あの職場は給料もいい。
これで母の面倒を見てもらった恩返しになればいいと思ったのだが、シュノンは俺を追いかけてしまった。
安定した暮らしよりも、幼馴染の俺と共に旅をすることを選んだ。
ならば、そんな彼女の意思を無下にするわけにはいかない。
『ふふんっ、分かればよいのです!』
「道中、気をつけてくれ」
『シュノンは武闘派メイドなので、大丈夫ですよ』
「そうだったな。それじゃあ、また」
『……気をつけてくださいね、ロウさま』
シュノンとの交信を切り上げ、白銀狼族たちを呼び寄せる。
「決行だ。ハーティを救い出すぞ」
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