第50話◇捲れる幌
「ダメだ」
あれが自分の妹ならば、俺は自制できただろうか。
それでも今この場で、突撃の許可を出すわけにはいかなかった。
「な、何故ですか……! あの馬車の中に妹が、ハーティがいるのです!」
マーナルムにはそれが匂いで分かるのだろう。
血走った目、食いしばられた歯、今にも飛び出しそうな体勢全てが彼女の感情を物語っている。
「妹がいるのなら、あの聖騎士が部隊長のシュラッドなのだろう? 妹を人質にとられて捕縛されたのに、それを繰り返すつもりか」
「では、何もするなと言うのですか!」
「何をするべきか考えろ。今この瞬間も、『最良の未来』への道筋なんだ」
「――――ッ!」
ハーティは村落襲撃の日、魔獣が出現する未来を見たと偽り、マーナルムを筆頭とする戦士たちを村の外に出した。
マーナルムたちが戻った時には、村は聖騎士団に占拠されていたという。
妹を人質にとられたマーナルムは捕縛されたが、逆らった同胞は殺された。
ハーティにとって、その選択が、最も被害の少ない、最良の未来だったからだ。
ならば、目の前の妹を助けることもできないという、この現状さえ、最良の未来へと繋がる過程だとは考えられないか。
「…………か、観察に努めます」
激情を押し殺しながら放たれた低い声に、俺は微笑む。
「お前は立派だよ」
俺はマーナルムの背中を励ますように撫でた。
その時だった。
突如として、太陽が何かに遮られ、大きな影が差す。
聖騎士のシュラッド含め、周囲の全員が空を見上げた。
もちろん、俺たちも。
大地から引っこ抜かれた山が、逆さになって浮いているかのような。
そんな、わけのわからない光景が頭上に広がる。
いや、これは山ではない。
「空を飛ぶ大地」
伝説上の存在であり、マーナルムが目撃したという、幻の大地。
俺に翼があれば、羽ばたいてあの大地を目指すのに。
少し飛べれば届くほどの高度に、それがあった。
――実在したのか!
――『トイグリマーラ』
――空中移動要塞。妖精と共に住まう者がいることで、空を飛ぶことができる。
――住人が多ければ多いほど、解放される機能が増える。
――住人がゼロになると、いずれ墜落する。
――墜落からしばらく経過すると、妖精がこの地を見限り、二度と飛べなくなる。
――希少度『S+』
今の状況を一瞬忘れて、感動と蒐集欲を覚える。
だが、俺はすぐに我に返った。
「マーナルム、馬車から目を離すな」
奇跡のようなこの一瞬さえ、ハーティが視た未来の内だとすれば。
空を飛ぶ大地と俺たち、そしてハーティの乗った馬車が揃っていることには、意味がある筈。
「は、ハッ……!」
マーナルムは俺の声で慌てて視線を馬車に戻す。
瞬間、風が吹き、馬車の背面の幌が捲れ上がった。
ほんの一瞬、瞬きよりも短い時間だが、その奥に見えた。
檻に入れられ、鎖に繋がれた、白銀狼族の少女が。
その少女は、俺たちがそこに立っていることを知っていたかのように、こちらを見ていた。
唇が動くが、あまりに短い間のことで、俺には彼女の伝えんとしていたことが分からなかった。
「構わん! 放っておけ! 狼耳が言うには、まだその時ではない!」
シュラッドが叫ぶと、馬車はそのまま、屋敷の中に入っていく。
いくら眺めても、マーナルムの妹の姿は、もう見えない。
「マーナルム」
「――『妖眼鏡』」
マーナルムが呟く。
まるで、家庭教師に言われるままに教本の文章を読み上げるような、感情の込めら
れていない言い方だった。
「お前の妹は、そう言っていたのか? 何か心当たりは?」
「聞いたこともないのです。ですが、ハーティはこちらを見ていました」
マーナルムの顔には怒りも疑問もなく、喜びが浮かんでいた。
感動している、表現してもいいかもしれない。
彼女の声が、興奮に上擦る。
「主殿の言う通りだったのです。ハーティはあの瞬間、私がここから門を眺めると知っていた。だから、私にだけ伝わるように口を動かしたのです。ならば、その隣に主殿がいたことも分かっていたことになります」
ハーティは、見たこともない人物の未来を直接見ることはできない。だから、視たのはあくまでマーナルムの未来だろう。だが、マーナルムが謎の男に救い出され、この街に来ることは分かっていた。
そして、そのタイミングで、何故か低い軌道を飛ぶ大地が横切った。
妖精と共に住まう者がいなければ墜落するという、空中移動要塞。
ハーティが口にした『妖眼鏡』なるもの。
全てに意味があるとするならば――。
「なるほど、お前の妹はすごいな」
「はい、はい……! そして、妹の考えを読んだ主殿も、凄まじいです!」
「俺が次にすべきは、『妖眼鏡』の蒐集だな」
「……どこまでもお供いたします、主殿」
マーナルムが地面に片膝をつこうとしたので、それを止めながら、俺は内心で興奮していた。
ハーティの救出だけでなく、幻の大地の蒐集まで叶うかもしれないのだから。
◇
ハーティには、姉を助け出したロウという男が【蒐集家】であることも視えていた筈。
あのタイミングで、姉の知らない言葉を口にし、更には高度の下がった空飛ぶ大地が横切ったことによって、俺とマーナルムは一つの未来を予期した。
その為にまず、俺たちはハーティが言った『妖眼鏡』なる品を捜すことに。
俺には、ある異能がある。
――『奇縁』
――不思議な巡り合わせに恵まれる。
といったものだ。
そして、真贋審美眼のような鑑定能力は、とても特殊なもの。
つまり、魔法具によっては、人が使い方に気づけぬままに市場に出回り、見た目通りの品として棚に並ぶこともある。
よって、俺は立ち寄る街で、必ず骨董品店を覗くことにしている。
この街の骨董品店を巡り、発見した魔法具は以下の通り。
――『とこしえの花瓶』
――生けた花に一日コップいっぱい分の水を与える限り、その花は枯れることなく咲き続ける。
――ただし、花瓶から離した瞬間、花は枯れる。
――希少度『C-』
――『愛の匙』
――この匙を使って口に含んだ食べ物は、作り方に関わらず、最も懐かしき味に感じる。
――初めて口に含んだ食べ物の場合、それが『最も懐かしき味』として登録される。
――希少度『C-』
――『聞き上手な耳飾り』
――一対のイヤリング。
――一人が右耳に、もう一人が左耳に着用することで、着用者二名は距離の制約を受けずに会話することができる。
――自分の声を相手に届ける為には、イヤリングに触れる必要がある。
――希少度『A』
――『妖眼鏡』
――覗き込むことで、妖精が目に映るようになり、妖精の声が聞こえるようになる。
――効力は、覗いている間のみ。
――ただし、妖精に直接触れることはできない。
――希少度『B+』
「見つけた」
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