第49話◇過去を語る
「おにいさま!」
「やぁ、リュシー。おや、モルテと一緒だったのだね」
執務室にて、仲間から上がってくる報告書に目を通していたところ、リュシーとモルテが手を繋いで入ってきた。
執務室で俺の補佐に当たるマーナルムとも挨拶を交わしてから、二人がキラキラした瞳で俺を見上げる。
「お話の続きをお願いします!」
「お話……あぁ、あれか」
家を出たあとのことを知りたいとリュシーが言うので、先日少し語って聞かせたのだ。
「奴隷にされていたマーナルムさんを救い出し、更にはマーナルムさんのお仲間さんまで救出したあと、どうなったのですか!?」
リュシーが俺の執務机に手を乗せ、続きをねだるように上目遣いに見上げてくる。
隣のモルテはこくこくと同意するように繰り返し頷いていた。
「わかった、わかった。では、話は庭でお茶でも飲みながらにしようか」
「手配してきます」
「頼む。それと、ハーティとシュノンにも声をかけておいてくれ。あとは、クエレか」
聖獣リアンは、今は要塞上の森を棲家としている。
聖獣は護るべき土地からあまり離れるべきではないようなので、思い出話の為だけに呼ぶのは控えた方がいいと判断。
「承知いたしました」
マーナルムが一足先に部屋を出ていき、俺たちも庭へと向かう。
「私たちも向かおうか」
「はい!」
椅子から立ち上がった俺の腕に、リュシーが掴まってくる。
「モルテも、行こう」
俺が手を差し出すと、モルテは恥ずかしそうに、だがどこか嬉しそうに、俺の手を握った。
三人で庭に移動し、ガゼボ内に設けられた座席に腰を下ろす。
待つことしばらく、マーナルム他三人の招待客が登場した。
「敏腕メイド長のシュノンが美味しい紅茶とお茶菓子を持ってきましたよー!」
「声をかけて頂きありがとうございます、ロウお義兄さま」
「仲間外れにされてたら寂しくて泣いちゃうところだったよ!」
「クエレ、貴様屋根に頭をぶつけるなよ。今までそれで屋敷内をどれだけ破壊したと思ってる」
「気をつけてるもん! それに、家の方がちっちゃいんだもん!」
クエレが頬を膨らませて言う。
蒼翼竜族は特に体格の大きな者が多いので、屋敷内では部屋の出入りの際に毎度屈む必要が出てくる。
それに失敗し扉の枠を破壊してしまうことも珍しくない。
少しずつ改修はしているのだが、全種族対応の屋敷になるにはまだ時間がかかりそうだ。
「お二人は、仲が悪いのでしょうか……?」
リュシーが小声で俺に尋ねてきた。
「いいや、仲良しだよ。喧嘩するほど仲が良い、というのかな。そういう関係なんだ」
「まぁ、そうなのですね」
「ふふ、お二人共。ロウお義兄さまのお話を伺う時間がなくなってしまいますよ?」
ハーティの言葉に二人が議論をピタッと止め、素直に席に腰を下ろした。
全員の意識が俺へと向けられる。
シュノンの入れてくれた紅茶の香りを楽しみ、唇を湿らす程度に一口飲んでから、俺は語りだした。
五年前の出来事について、思いを馳せながら。
◇
マーナルムとハーティが住んでいた、白銀狼族の集落は、ある時まで平和だった。
深い森の奥で、狩猟と採集によって暮していた彼女たち。
まず最初は、集落の仲間の失踪が続いた。
次に、彼女たちの生活を見守っていた聖獣が消えた。
聖獣とは、土地を浄化する力を持った精霊の内、獣の姿の実体を持つ者を指す。
俺の仲間にも、リアンという白銀の狼の姿を持った聖獣がいる。
同胞と聖獣が姿を消し、最後は聖騎士団による襲撃だ。
奴らは逆らう者を殺し、残った者は全て捕らえた。
最終的に未来視持ちのハーティ以外は、奴隷として売り払われた。
なんらかの事情で単体で売られたマーナルムを、俺が幸運にも購入することが出来たのだ。
そして俺は、マーナルムの願いに応じる形で、売られた他の同胞と妹の救出に協力することになった。
貴族がダンジョン攻略用に白銀狼族をまとめ買いしたとの情報を掴み、ダンジョン前に築かれた陣地を急襲。
ダンジョン攻略にて命を落としていた者もいたが、生存者は全員救出。
救い出した四十三人に、俺とマーナルムとシュノンを加え、四十六人。
更に聖獣リアン一体を加えたメンバーで、ハーティ救出に向かうことが決まった。
「こうもスムーズにキルクまで到着できるとはな」
奴隷商人がマーナルムを買い付けた街、キルク。
俺は、『薄影の仮面』を装着したマーナルムと共に、昼の街を歩いていた。
白銀狼族は、近くの森で待機している。
四十人を超える大所帯、それも『八大幻想種』に数えられる白銀狼族を伴っての移動となれば、衆目を集めることは避けられないと思っていたのだが。
想像以上に早く、それでいて人目に触れずにここまでくることが出来た。
「主殿の采配あってこそです」
マーナルムはそう言ってくれるが、俺がやったことと言えばルートを決めたくらい。
可能な限り、人目につかない森や谷などを通り、村落や大きな街道を避けただけだ。
俺とシュノンはリアンに乗せてもらったが、他の白銀狼族たちは、マーナルム同様己の足で走った。
健脚どころではない走力だ。
食料に関しても、森の中で食べられる野草、キノコを素早く見つけ、獣を狩ってくるので問題なかった。
体の汚れも、川に差し掛かった時に水浴びをしているので、強行軍の割にみんな清潔さを保っている。
「にしても、すぐに突っ込むかと思ったが、みんな抑制が効いていて助かるよ」
「リアン様と主殿がいてこそです」
俺はともかく、リアンの存在は大きいだろう。
彼らにとって聖獣は信仰の対象なのだ。
「とはいえ、彼らも永遠には我慢できないだろう。なるべく急いで情報を集めよう」
「はい」
妹の奪還が掛かっているからだろう、彼女の声には決意が満ちている。
聖騎士団の屯所は、すぐに見つかった。
大商人の屋敷を買い取るなり、間借りするなりしたのだろう。
貴族の邸宅にしては狭いが、庶民には到底手が出ない規模の屋敷だった。
怪しまれない程度の距離から、屋敷を眺める。
門には白を基調とした装束に身を包んだ騎士が二人。
隣を見ると、マーナルムが殺意を漲らせて唸っている。
「……襲撃者の中に、あの門番がいたのか」
「はい。何人もの同胞が殺されました」
それは、飛び掛からずにいることを賞賛すべきだろう。
だが同時に、相手を間違える心配はなくなった。
「もう少し辛抱してくれ」
「わかっています。主殿に従います」
「ここから、妹の匂いとかは分かったりするのか?」
「微かにしますが、今は屋敷内にいないようです」
「……シュラッドとかいう聖騎士が、連れ歩いているのかもしれないな」
守りを考えるなら屋敷に置いておいた方が安全な筈。
部隊長のシュラッドという男は、部下を信用していないのかもしれない。
だから、ハーティを己の目が届く場所に置いておきたいとか。
さて、どうしたものか。
まともにやりあっては、こちらが不利。
仮に戦力で勝っていても、マーナルムの妹を人質にとられてしまえば、全員が奴隷にされた時の二の舞だ。
敵戦力の分散は必須。
マーナルムの妹――名をハーティというらしい――は、未来視の能力を持っている。
だが、その力を以ってしても、聖騎士団に捕縛された。
これは俺の予想だが、それこそが最もマシな未来だったのではないか。
未来が見えても避けられないことはあるという。
人の寿命や災害など、知ったところでそれ自体を変えることはできないものがある。
聖騎士団の襲撃を回避できぬと知ったハーティは、襲撃がある未来における、最良の選択をしたのではないか。
そうでなければ、自分や姉が奴隷の身分に落とされ、多くの同胞が命を落とすことがわかっていて、何もしないわけがない。
――マーナルムが俺と出逢い、ここまで来ることも『最良の未来』に繋がる筈。
だが、どのような手を打つのが正解なのか。
ここまで色々と考えてきたが、どれも確信は持てなかった。
「――主殿、攻撃の許可を」
殺意を押し殺したような、マーナルムの声。
と、そこで門の前に馬が止まる。騎乗しているのは、金髪の聖騎士だ。門番よりも装飾が華美に見えるのだが、階級が違うのだろうか。
続いて、馬車が止まる。
門番たちは、慌てて開門する。
「主殿……ッ」
マーナルムがここまで反応しているのだ、あの馬車の中にいるのだろう。
彼女が救い出したい、妹が。
連載再開いたしました。
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