成長
「パパー、サッカーしよー」
「すまん、今日はこれからチーム練習なんだ」
「あら、今日は休みって言ってなかった?」
シーズンも佳境に差し掛かった11月、昇吾のチーム、ブルースターズはここまで順調に勝ち星を積み重ね、ギリギリではあるが、まだ優勝の可能性も残していた。
「監督が張り切っちゃってなあ。ま、俺たちも可能性がある限り優勝は狙いたいし、不満はないさ」
「そう」
緑は理解を示すが、雅はそう簡単ではない。口には出さないが、むすーとむくれていた。
「ごめんな雅。来月からはもっといっぱい遊んでやれるからさ」
「……ほんと?」
「ああ、約束だ」
そう言って昇吾は雅と指切りをして練習へと向かった。
「んー」
母と二人残された雅は、緑に泣きつく。
「あらあら、今日は甘えん坊さんね」
「だってパパが~……」
「そうね」
もうすぐ小学生になるのに大丈夫だろうかと緑は少し不安になるものの、結局突き放すことはできないのだった。
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「いってきまーす!!」
元気よく雅が出かけていく。
しばらくグズっていた雅だったが、ふと突然泣き止んで公園に行ってくると言い出したのだ。
「ほんと気分屋なんだから」
公園は目と鼻の先だが、心配なので緑は後で様子を見に行くことにした。
「あ、いた!」
雅の声に一人の少年が、うげっとおかしな声をあげて反応してしまった。
「カイ!」
「お前ずっと来なかったくせに何しに来やがった?」
不機嫌そうに間宮海が出迎える。
「えへへ、サッカーしよー」
「……ま、そうだよな」
雅の相変わらずのサッカーバカっぷりに海はむしろ安心した。
「仕方ねえから相手してやるよ」
「ふふーん、そういう言い方はみやびに勝ってからしてよね!」
それから二人はめちゃくちゃサッカーした。
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夕飯の下ごしらえを済ませた緑は公園へと向かう。
すると、入り口で見覚えのある女性の姿が目に映る。
「こんにちは、お久しぶりです」
「あー、お久しぶりです! 確か、一色さん、でしたか?」
「はい。覚えていてくださったんですね、間宮さん」
海の母親、間宮早織がいるということはと公園に目を向けるとやはり子供二人が泥だらけでサッカーをしていた。
「ふふ、本当に楽しそう」
「そうですけど……、みーちゃんは女の子なのにはしたないと言いますか」
「す、すみません、うちの子が!」
緑に責められたと勘違いした早織が謝る。
「いえ、責めたつもりではなくて、みーちゃんが元気なのは私も嬉しいんです。あの子には自分のやりたいことを思いっきりやってほしいですから。ただ、サッカーっていうスポーツをやる以上周りは男の子ばかりだから、あの子自身が女の子だと自覚したときに後悔しないでほしいなと思ってしまうんです」
「大丈夫だと思いますよ」
「え?」
「雅ちゃんかわいいですから。それに、お母様もお父様も美男美女で、きっと大人になっても雅ちゃんはべっぴんさんですよ」
「そう、ですかね? そうだといいんですけど」
そんな母親同士のママトークをしているうちに、気がつけば日も暮れかかり、公園内の街灯もちらほらつき始めていた。
「もうこんな時間! そろそろ子どもたち呼びますか?」
「そうですね」
顔にまで土がついている雅と海の表情は非常に満足げだった。
「じゃあな、ガキンチョ」
「むう、だからみやびだって! カイ、またサッカーしようね!」
「気が向いたらな、みやび」
「うん!」
右腕でボールを抱え、左手で緑と手を繋ぐ。
「今日はカイといっぱい戦ってね、それでみやびがいっぱい勝ったの! でも、時々カイがガーって走ってくると負けちゃうの」
「そう」
満面の笑みで今日の出来事を話す雅を見ていると、服を泥々に汚したことを怒る気にはなれなかった。
「でね、カイにすごい技教えてもらったから、今度それでパパをビックリさせるの!」
「ふふ、パパ驚くといいわね」
「うん!」
この間まで雅の世界には緑と昇吾、それに橋本くらいしかいなかった。
けれど、サッカーを始めてから確実に人脈は広がり、気がつけば緑の手が届かないところにいこうとしている。
「……子どもの成長って早いのね」
嬉しくも寂しい、そんな気持ちを抱きながら、右手の温もりを何よりもいとおしく感じていた。
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一方、ブルースターズでは重大な問題が発生していた。
「ロベルトが離脱!?」
これまで全試合フォワードで先発し、チームトップの得点を挙げていたエースがここにきて故障により離脱してしまったのだ。
昨シーズンまで中位をうろうろしていたチームが優勝争いできていた要因は間違いなくエースの加入が大きかった。しかし、ここで離脱となると優勝というのはかなり厳しくなる。
「一色、少しいいか?」
「はい」
昇吾は監督室に呼ばれた。
「今のチーム状況は理解してくれていると思う。だが、優勝は諦めたくない。きっとこのチームに関わる者なら皆同じだろう?」
その質問は昇吾も同じだろうと暗に問うていた。もちろん昇吾は答えるまでもない。
「禁じ手であり、無理を承知なのは理解している。むろんギリギリまではしない。ただ、もしものときは頼めるか?」
昇吾はしばらく沈黙する。
額には汗も吹き出て、心拍数も上がる。高揚か、それとも恐怖か、昇吾本人にも判別がつかない。
そんな状態にあっても昇吾の答えは決まっていた。
「わかりました。俺を戦力として見てくれているのなら、全力を尽くします」