26
静けさの中で、俺は頭を働かせる。
カタリーナがハルの魔法の樹を奪ったのは、ほぼ明らかだ。そして、カタリーナがハルの母親の魔法の樹を奪おうとしたのも、確かだ。
「私は、もう諦められないから」
翠のまっすぐな声が飛ぶ。カタリーナはそれに、抑えた笑い声で答えた。
ハルの魔法の樹はハルの母親のものだ。だから、カタリーナがハルの魔法の樹を奪ったのは、ハルの母親、あずみさんの魔法の樹を欲しかったからだ。
「エメちゃん、もう一回、よろしくね」
「うああああい。おおおおおおお!」
腹の底に響く様な、ふといふとい音だ。
あずみさんは、ハルの中に魔法の樹を移して、カタリーナから魔法の樹を護った。そのとき、あずみさんは何をしたんだろう? あずみさんは、どうやって魔法の樹を移し替えたんだろう?
もう一つ、気になる事がある。
ハルは、魔法の樹一つで、色々なものを失った。髪からは色が抜け、瞳の色も肌の色も薄くなってしまった。
要するに、魔法の樹はそれほど、持つ者に掛ける負担が大きいのだ。元から魔法の樹を持っていない人に取って、一つの魔法の樹はとても大きな重石になりうる。
ユリウスさんの話を聞く限り、カタリーナはあずみさんが子供の頃には既に大人だったようだから、今はもう「おばあさん」と言える年齢だろう。見た通りの年齢の様だ。
俺は詳しい事は知らないが、普通は一つしか持っていない魔法の樹を二つ持っているとしたら、もっと違う外見になるんじゃないか。ハルも体をよく壊したと言うし、カタリーナだってもっと体が弱い感じの見た目になりそうだ。
だとしたら、ハルの魔法の樹は、カタリーナ自身の体に移し替えられたわけじゃないのだ。
これに、カタリーナの行動原理を合わせて考えれば、ハルの魔法の樹の在処は、自然とわかってくる。
結論が出た。ほぼすべてが推論で成り立っているが、今の俺に出来るのは、これくらいが限界だろう。
俺は、心の中で渓に謝りつつ、立ち上がった。
カタリーナは両手を大きく広げると、高らかに笑った。
「良いものだ! 本当に、良いものだよ!」
嗄れているが故に、良く耳へ届いた。耳へ届くと、頭の中に忍び込んで、ガンガンと脳みそを揺らした。黒々とした嫉妬を見て、俺は胃袋を絞られた様な吐き気を感じた。
「諦めないだって? それをへし折ってやるのが、気持ちいいんだよ!」
そう言うと、カタリーナはまた大きな笑い声を上げた。
翠の顔はわからない。竜二の顔も見えない。ハルまでもカタリーナとにらみ合う。ただ、三人の拳が握り込まれているのだけは解った。
もう俺達は、声を出すのも忘れてしまった。のっそりと立ったゴーレムの背中は、心無しか丸く見える。ゴーレムを不思議そうに見上げた黒猫が、退屈そうににゃあ、と鳴いた。
俺は何とはなしに手のひらを見つめた。意味もなく閉じたり開いたりしてみる。
さあ、行こうか。




