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俺は、一度だって魔法が良い物だなんて思った事がない。だってそうだろ? いきなり俺の人生終了したかと思ったじゃねーか。確かにあいつは可愛いは可愛いが、だからと言って、それで全部が許されるわけがない。腐れ縁で、それなりに仲のいい奴らが、実は魔法使いだったんて、知りたく無いだろ? おかげで俺にも魔法が使えるのかと思っちゃったじゃねーか。全く魔力なんか持ってねーってさ。
全く、どうしろって言うんだよ。
俺にはどうしようもねーだろ。魔法を使える相手に、俺が突っかかって行って、良い事なんて一つもない。そもそも、真面目に相手にしてくれるかだって怪しい物だ。ちょちょっと軽くあしらわれて、それで終わり。
ほんと、魔法なんてでたらめだ。
確かに、こんな力は隠しておいた方が良い。俺が知ってしまったのは、ティースプーン一杯分くらいの不幸があったからだけど、とにかく俺はこんな物、知りたく無かった。俺が悪いわけじゃないのに、何であんな顔を見なきゃ行けないんだ。
ふと、この場にいない人間の顔が、頭に浮かんだ。それも二人分。
ああ。やっぱり、俺は怖がっているのだ。この場で俺がやるべき事は目に見えている。なのにこの体は動かない。そう言えば、渓は「ここを動くな」と言っていたなあ。だけど、それがなんだ。はなっから従う気がないくせに、こういうときばっかり逃げ道にしている。
俺の頭の中からは、二人の姿が消えない。
正しい事を突き通す人。辛い事に耐え抜く人。
そして、俺が今見ているのは。
力を失った人だ。
俺は何度か膝に力を入れた。なぜか思う様に力が入らず、その度に尻餅をついた。気付かぬうちに腰が抜けていた。
俺の目の前では、また見たくも無い光景が繰り広げられていた。
翠がヨロヨロと力なく手をつく。膝を地面から離し、そのまま立ち上がろうとする。しかし。
翠の前には、ハルが立っていた。何故だろう。さっきまでの落ち着きのない表情はすっかり消ていた。蒼い瞳に力はないままだったが、薄い瞼にも、ふっくらとした頬にも、何とも言えない静かな感情が湛えられていた。
「ありがとう、みっちゃん、りゅうじくん」
「……」
言葉もなく、翠と竜二が、じっとハルを見つめる。
「でも、私の為に、傷つかないでいいから」
そう言うと、ハルはふっ、と、小さく笑った。おい、止めろ。そんな顔で笑っちゃダメだ。もちろんそんな事を口に出来るわけもなく、俺はその場に座って、まるでその笑顔に魅入られた様に、ぼうっと眺めていた。
「元々は私の力だったし、私が決着をつけなきゃいけなかったんだ」
そして、ふう、と一息つくと、翠の肩へ手を置いた。
「ねえみっちゃん、私の記憶を消して」
それが、ハルなりの決着の付け方だった。そして俺は、それがユリウスさんの望んでいた事である事も知っている。
魔法が良い物であるなんて、俺にはまだ信じられない。得体の知れない物は怖い物だ。そして、いくらそれを持っていたとしても、持っていると言う事は、そのまま失う悲しみも常につきまとうと言う事だ。
だから、これはあまりにも悲しすぎる決着のつけかたに思えた。
翠にとっても、これは同じだったに違いない。翠は肩に置かれたハルの手に、そっと自分の手を重ねると、静かに首を横に振った。
「ハルちゃん、私、イヤなものは嫌だから」
そう言うと、翠はすっくと立ち上がり、ぽん、とハルの肩に手を置いた。
「お姉ちゃんに、任せときなさい」
ハルは魂を抜かれた様に、間抜けな顔をしていた。瞼が大きく開き、口も大きく「あ」の形に開いている。
翠はハルとすれ違うと、竜二へ視線を送った。既に起き上がっていた竜二は、何やら意味ありげに頷くと、またカタリーナの方へと向き直った。
ハルははっ、と後ろを振り向くと、翠の方へと駆け出そうとした。けれど、さっきまでと同じ様に、あと一歩が踏み出せない。行き場を失った二歩目が、寂しげな音を立てて、一歩目と同じ土を踏む。
またこの結界の中に、ナイフの様に鋭い緊張が訪れた。ここからじゃ翠の顔も竜二の顔も見えない。しかし、その顔がどうなっているかは、なぜかわかる様な気がした。
そして、緊張が静けさを連れてくる。にらみ合いは、永遠に終わる事がない様に思えた。




