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……え? 戦って何の事? ってとぼけてみたくなる。いやいや、戦と言ったらあれしか無いだろう。
と、言うか、その事をなんで母さんが知っているのか、謎。あんたはエスパーか。
とりあえず、俺は紙をつまみ上げ、ポケットへ突っ込んだ。ラップを外して、おにぎりを一つ取り、齧る。お、具は昆布だったか。
結局、母親にも急かされてしまった。もしこの問題を、どこかで母さんが知る機会があったとして、俺にそれを解決する力が無い事くらい、解っているはずなのだ。母さんには、その力がある。正義感と言うのは、時にその人の持つ力さえも底上げしてしまう。
あの時だって。あの時だって。
一つ目のおにぎりを食べ終わる。それなりに腹が減っていたのか、ついついもう一つに手が伸びた。
と、廊下の床板が、ぎしり、と鳴った。おにぎりにかぶりついた情けない格好のまま、俺はぴたりと動きを止める。自分の息の音でさえ、それを遮ってしまいそうに思えた。
頸骨が軋んでるんじゃないか、と思える程、ゆっくりと首を回す。
見知らぬ美少女が立っていた。背は高めで、手足がすらりと長い。真っ白なワンピースを来ているが、真っ白な肌も、水色の髪でさえも、その涼やかな容姿を引き立てていた。どこか、普通の人間でない様な美しさだった。
うおお! 美少女だ美少女だ! 不審者でも美少女ならオールオッケー、……とか言うと思ったかこの不審者め。ここ数ヶ月、見知らぬ美少女にはこりごりなんだ。
「…………」
「…………。ちっ」
どうも、この類いの沈黙は苦手だ。
「何か、御用ですか」
「私のマスターからの命令です。すぐに、私についてきてください」
鈴の鳴る様な声だった。ただ、かわいらしい声だからといって、無条件に従うわけじゃない。
「いや、そもそもマスターって誰?」
「マスターはマスターです」
俺はこれ見よがしに溜め息をついてみせる。
「その、マスターとか言う奴の名前は?」
「瑞浪竜二です」
あいつか……。と、言う事は。
「お前、あいつのなんなの?」
「もしかして……、三角関係……? 私はマスターの幸せを第一に願っていますので……、その時は身を引きますよ……?」
何を考えてるんだこいつは。おぞましくて、確かめたくも無い。ってか、この流れで三角関係とか、絶対歪んだ関係に決まってる。何が「身を引きますよ」だ。俺の方がどん引きだわ。勝手に、あいつの秘書とかなんかなんだろう、と理解しておく。あいつに秘書? あり得ないな。
俺は自分の体を抱く様にしながら、話を線路へと戻した。
「とにかく。お前について、竜二の所まで行けば良いんだな?」
「はい。物わかりが良くて助かります」
なんなんだろうな、この微妙ないらつきは。多分こいつのせい。
「さあ、そのおにぎりを詰め込んで、早くついてきてください」
「はいはい」
逆らっても無駄なんだろう。俺は溜め息をつきながら、歩き出した彼女について行く。と、玄関に差し掛かった所で、俺はふとある事に思い当たった。
「ところでさ、なんて呼べば良いんだ? お前の事」
「……マスターから授かった名前は渓流の渓と書いて渓ですが、気安く呼ぶなよ」
最後なんかちょっと底知れぬ恐ろしさがあったぞ。ってか、なんて呼べば良いんだ。
「じゃあ、適当になんか呼ぶから。何て呼ばれたい?」
「そりゃ、マスターのくださった名前以外にある訳ないじゃないですか!」
り、理不尽な……。と思っていると、渓は同じ調子のまま言葉を続けた。
「だから、一回一回感慨を込めて、大切に呼んでください」
「はあ……」
め、めんどくせええええ! 何で俺が竜二に気を使わなきゃ行けないんだ。
とか言うと、まためんどくさくなりそうだ。俺はその話を打ち切り、靴を履く事でそれをアピールした。
紐を結び終え、よいこらしょ、と立ち上がる。と、不意に渓が俺を追い越して行き、玄関のドアの下の隙間とも言えない隙間から、にゅるりん、と外へ脱出した。……えっ?
もう一度言おう、にゅるりん、と外へ脱出した。いやいや、意味解んないし。
俺は急いで立ち上がると、そのままドアの鍵を開けて、外へ飛び出した。仏頂面の渓が冬の遅い朝の陽光を浴びて、すらりと立っていた。白い肌自身が光を放つ様で、俺は思わず目を細めてしまう。
「つまり……、そう言うやり方で、俺の家に忍び込んできたんだな」
「ええ、そうですが。時間がないので、急いで行きますよ」
そう言うと、渓はもう振り返る事も無く、俺に先立って歩き出した。
成り行きで、俺まで戦へ駆り出される事になってしまった。嘘だろ。
ってか、竜二はいつの間にこんなやつの、その、なんだ、マスターとか言う奴になってるんだ。史上最高のアサシンにだってなれる逸材だぞ。
怖すぎる。




