14
「……、カタリーナにですか」
こんな訊き方をしてはいけない、と思いながら、俺はそう尋ねた。しかし、帰ってきた答えは、俺の予想していないものだった。
「いや、違うよ。名前も知らない、魔法使いだった。どっちにしろ、僕がその人を恨むのは当然だけどね。
ただ、やっぱり僕は、カタリーナさんが一枚噛んでるんじゃないかって、思ってるんだけどね」
そう言って、ユリウスさんは困った様な笑みを浮かべた。その笑顔を受けて止めているのは、俺には苦しかった。
「僕はよく、こうしてお参りにくるんだ。あずみがこの世にいたって言う事を、一時たりとも忘れたく無いんだ。
でも、だめだね。この冷たい石を見るたび、僕の中のあずみは、どんどん霧の中へと、まぎれて行ってしまう」
もう、陽の暖かさなんて嘘だったかと言わんばかりに、冷たい風がこの空間を渡って行った。全ての者が寝入ってしまったようなこの場所で、ユリウスさんの声だけが風に乗って響いて行った。
「君、さっき、『魔法に良いことなんてあるのか?』って訊いたね? 僕は、それでも、魔法はきっと良いものだって、信じているんだ。
だって、もし良い事がないなら、あずみは自分の魔法の樹を、ハルにあげたりはしなかったはずなんだ」
「え……?」
思わず漏らした俺の声に答える様に、ユリウスさんはそのまま言葉を繋げた。
「そうだよ。ハルの魔法の樹は、あずみのものなんだ」
掴み所の無かった会話の中に、俺はなにかささくれの様な物を感じた。
「魔法使いって、生まれた時から魔法の樹を持ってるんじゃないんですか?」
「普通は、ね。
ただ、どういうわけだか、ハルは魔法の樹を持っていなかった。魔力が、まったく無かったんだ。年齢とともに魔法の樹は大きくなる物だから、一年は待ってみたりもしたんだ。だけど、一向に魔力は感じられないままだった。
その頃にはもう、あずみへの羨望のまなざしは過剰になっていたし、色んな人からいわれの無い恨み言を言われているのも知っていた。だから僕は、このままでも良いとは思ったんだ。
でも、君の知っての通り、魔法使いでない人間は、魔法使いの輪の中では暮らして行けない。それはつまり、ハルが天涯孤独の身の上で、これから生きて行かなければ行けないって言う事と、同じ事だった」
キツい事だろう、それは。その頃、と言うのが具体的にいつなのか、俺には知る由もないが、それを知る事はさして大切な事ではない様に思える。
「君の言う通り、魔法を使えるからって、長生きするわけでも、名声や名誉を手に入れられるわけでもない。だから、僕は、ハルに魔法を与えるより、魔法使いの輪からいなくなって欲しかった。
でも、あずみはそれに反対した。魔法を使えると言うのは、大変な事だけど、その分良い事もあるって、ずっと言い続けていた。あれだけ心労を背負い込んでいたのに、そう言う事を言うんだよ? 僕には何も言えなかったさ」
引き返せなくなった事を悟る。ここまでだったら、俺はダッシュで逃げ帰る事も出来たのだ。ユリウスさんから逃げてしまえば、あとはどこかで道を訊くなり、どこかの駅に出るなり、出来たのだ。
しかし、もう無理だ。俺にとっちゃ、単に問題を抱え込んでしまうだけなのに、どうしてかこのままこの場に背を向ける事が出来なかった。明らかな損なのに。
そんな俺の心中を知ってか知らずか、ユリウスさんの言葉は一層ゆったりとした物になっていく。
「それで、ある日、あずみは殺された。不意をつかれたら、誰だって弱い物さ。僕が聞いた話だと、犯行に魔法は使われなかったそうだ……。
……、ごめん、これ以上この事は、言わなくて良いかな……?」
「良いですよ、別に」
俺は向こうから勝手に聞かされているだけなのに、なぜかそれを意識はしていなかった。安っぽい同情の様になってしまうが、それ以上話させてしまうのは、彼に悪いと思った。
「あずみが殺されたあと、彼女の持っていた鞄の中から、遺書が出てきたんだ。遺書には、自分がもしも殺されたなら、その時は自分の体に描いたクレストで以て、魔法の樹をハルへ植え替える、と書いてあった。
つまり、ハルが持っていた、いや、ハルが奪われた魔法の樹は、もともとはあずみの物なんだ」
もうとっくのとうに気付いていた事だが、やはり言葉にしてみると、重みが違った。俺の頭の中で出来上がっていた推論とも言えない推論とは、訳が違うのだ。
ハルは、母親の分の苦しみを背負ってしまった。でも、そう言いきってしまうのは、なんだかおかしな気がした。決定的な矛盾がある。
ハルの母親、あずみさんは、魔法には苦労を対価にするだけの良い事があると、そう言ったのだ。
でも、それだったら、ハルへ苦しみだけを与えたはずはないのだ。
ハル自信の力では、自分の魔法の樹をどうこうする事は出来なかっただろう。指折りの魔法使いのあずみさんだったからこそ、自分の魔法の樹を娘へ移し替える事が出来た。そして、娘のハルは、それをなす術無く受け取った。
そうなると、自分で手に入れる歓びは無いのに、ただただ、失う悲しみだけがついて回る。それが矛盾なのだ。
自分の愛する家族までも騙して、自分の重荷、魔法の樹を娘へ押し付けてしまう様な人には、どうしても思えない。
あずみさんの考えが、どうにも解らない。




