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「うるさい」
「ハハハッ、強がるのう」
奴は余裕の表情で笑うと、今度は杖を振った。とぐろを巻く様に風がうねり、俺に当たって行く。龍の様な風の中に、鋭い刃物の用な風が混じっていて、俺のコートをでたらめに切り裂いていく。つまり、いつでも俺を殺せると言う意思表示なんだろう。
それでも俺がもう一歩を踏み出した時だった。降り出そうとした腕を、誰かが捕まえた。
「ほんとにダメだって。ねえお願い、止めて」
ハルだった。きっとした瞳と、キツく結ばれた唇が、ハルの気持ちを語っている。なのに、俺を捕まえている手も、地面を踏みしめている足も、いつもより力を失っていた。
「魔力は返して欲しい。もう一度空を飛べる様になりたい」
力ない腕を、振り切ってしまう事も出来た。が、俺にはなぜか、そうする事が出来なかった。
「でも、私のために、死なないでよ……」
ハルの小さな声は、カタリーナの風に飲み込まれていく。それでも、俺はそれを聴き届けなければならない。
風が一段と強くなる。カタリーナは黒いマントの内側に手を入れると、何かを中から取り出した。
見覚えのある猫だった。魔獣と言った方が正しいか。
「さあ、言っておいで」
カタリーナは猫を地面に降ろし、そう言った。猫は音も無く地面に降り立つと、吹き荒れる風の中、しなやかに俺達の許へと歩いて来た。
大きな黒い瞳が、無表情に俺達の事を捉えている。
みゃあ、と猫が鳴いた。
「ん?」
老女の声が聴こえた。ただ、さっきまでとは違い、何かを気にしているかの様な、余裕の無い声だった。
「誰か来たようだな」
俺には何も解らない。止まない風に耐えて踏ん張りながら、俺はハルを振り返った。ハルは地面に座り込んでいて、俺と目が合うと、力なく首を横に振った。
斜面に張り付く様な道路は、両側とも俺達のいる所からそう遠く無い所でカーブを描いていた。道路の向こうが見えるわけじゃない。
音が聞こえるのか? だが、どっちにしろ、このひどい風の中で、周りの音なんて聴こえやしない。




