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その日の帰り道の事だった。
十二月も中旬に入ろうと言う頃だからだろうか。学校の前を走る大通りには冷たい風が吹いて、夕方の空だけが水で洗い流した様に澄んでいた。
成英学園高校から家までは遠く無いが、俺はその寒さに我慢出来ずに、駅前のごみごみした横町へと入って行った。
この横町は人がやっとすれ違える位の幅で、飲み屋だったり魚屋だったり、ラーメン屋だったり服屋だったりが狭い路地にひしめき合っているのだった。
俺は気の早い赤提灯の横をすり抜けて、なじみの和菓子屋へと足を向けた。狭っ苦しい路地裏に、小さく窓が開いている。
「おばちゃん、たい焼き一つ」
俺が窓の中を覗き込むと同時にそう言うと、奥から足音が聴こえてきた。間もなく、セーラー服にエプロンを付けた、二つのお下げ髪の女の子が姿を現した。クリーム色のエプロンの胸には、渋いフォントで「笹子」と刷ってある。
「いらっしゃい、ヤマトくん。お母さん、今買い出しに行ってるよ」
「じゃあ、今は千種が店番なんだ」
「うん。もうすぐしたら新しいのが焼き上がるから、それまで待って行く?」
「そうしようかな」
俺はそう言って、たい焼き屋「笹子」のショーケースにもたれかかり、小さなカウンターに肘をついた。中でたい焼きの型に生地を流し込む、千種の姿が見える。彼女は今中学二年生だけど、馴れた手つきでたい焼きの餡を載せて行く。鉄板をひっくり返して、気付けば同じ形のたい焼きが何個も並んでいた。
「お、来たきた」
「はい。おまちどおさま。百五十円ね」
俺は財布から百円玉と五十円玉を取り出し、たい焼きと交換した。千種は「熱いから気を付けてね」と言い、受け取った百五十円をレジにしまう。俺はそのままもう一度ショーケースを背にもたれかかり、たい焼きを一口齧った。ここのたい焼きは、鯛の外側にはみ出した薄く香ばしい生地、いわゆる「羽根」があるのが特徴で、昔からここのたい焼きばかり食っている俺には、それが無いとたいやきを食った感じがしない。
齧られたたい焼きから立ち上る湯気を見ながら、俺は背中とカウンターを挟んで向こう側の千種に声を掛けた。
「もう冬だな」
「ふふふ、ヤマトくん、知らなかったの? この前まで秋だったんだから、もうそろそろ冬が来てもおかしく無いよ」
おかしくてたまらない、と言う風に笑う千種の声が聞こえる。
「そう言う事じゃないよ。ただ、このごろ色々と立て込んでてな。千種の顔を見るのも久し振りだな、と思って」
「ほんとに、なんか疲れてるね」
「ああ、色々考えててな」
魔法使いが降って来て、さらに幼なじみまで魔法使いだったと解った時には、俺も実は魔法が使えるんじゃ無いか、と思ったくらいだからな。
「ふーん」
千種は何か考える様にそう言うと、
「まあ、私に相談出来る事なら、相談してよ。ね?」
と言った。
うーん、千種に心配させてしまう程、俺は疲れた顔をしていたのだろうか。俺は最後の一口を放りこみ、包み紙をくしゃりと丸めた。体を捻って、店の中を覗き込む。
微笑んでいる千種と目が合った。俺がショーケースにもたれかかっているからか、ちょうど目線が同じ高さだ。
「ありがとな」
俺はそう言って、千種の頭を撫でた。彼女が小さい頃から、ずっと変わらずして来た事だ。
「まあ、俺は大丈夫だから。千種は何も心配しなくていいぞ」
「ほんとうに?」
大きな黒い瞳が、「ほんとうに?」と訊いている。俺は、この瞳を悲しませるわけにはいかないのだ。
「ああ、大丈夫だよ」
そう言って、備え付けのゴミ箱に包み紙をシュートした。よっしゃ、スリーポイント!
「じゃ、また来るから。おばさんによろしく」
「うん。またごひいきに」
千種は小さくお辞儀をすると、また奥へと入って行ってしまった。しっかり者だよなあ、とか、千種もほんと大きくなったよなあ、とか、脈絡の無い事を色々考えながら、横町を出る。
横町の外は、別世界だった。駅から出て来た人と、駅へ向かう人が入り交じり、そこだけ時間の流れが早かった。人の流れに乗ろうと、俺は一歩踏み出す。その時だった。
「ねえ」
数日間聞かなかっただけで、妙に懐かしい声が、横町の中から俺を呼び止めた。




