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「ええっ!? 何でヤマトがそんな事知ってるの!?」
「うわっうるせッ!」
耳元でいきなり驚きの声を上げた翠に、俺も驚いてしまう。まだぐわんぐわん耳鳴りがする。なのに、耳鳴りの原因は、やにわに立ち上がると、うろうろとそこら辺を歩き回り始めた。ぐるぐるとその場を三周程すると、急に立ち止まり、ひしとハルを抱きしめた。
「ハルちゃん! 辛かったんだね、誰にも言えなくて! でも大丈夫。私、翠姉ちゃんが、あなたを頭の固いじいさんばあさん達から、護ってあげるから!」
妙に芝居がかった口調で、翠はそう言いきると、「んーっ」と言いながら、ハルのほっぺたにすぼめた唇を近づけた。うわっ。ここまで来ると、姉の愛も気持ち悪いな。
ハルもさすがにヤバいと思ったのか、するりと翠の腕を抜けると、正座している俺を盾にして、俺の後ろに回り込んだ。
「もう、いっつもみっちゃんはそうなんだから」
「いいじゃん。これが姉の愛なんだから! ちゅーっ!」
逃げ惑うハルと、追いかける翠。正座する俺を差し置いて、二人はぐるぐると追いかけっこを始めた。冬とはいえ短いスカートの制服である。まっすぐ前を向いているだけで、目の端を健康的な白さの腿がちらちらと踊って行く。しなやかなさと、柔らかさを兼ね備えているその肌は……。
やめよう。そんな事を考えていると知られたら、ハルと翠それぞれに三回ずつくらい意識を飛ばされそうだ。魔法って、何されるか解らないから怖いよな。
俺は、ひたすら何かの修行の様に、冬の町を見つめ続けた。ハルも、少しするうちに楽しくなって来てしまったのか、鈴の音の様な軽やかな笑い声を上げて、翠から逃げ惑っている。
でも、これが、この明るい空気が、翠なりの気遣いだと言う事にだって、俺はちゃんと気付いている。
「はあっ、はあっ。汗かいちゃった」
「ほんっと。ハルちゃんが逃げるからだよ」
そう言いながら、翠は足を止め、制服の胸元をぱたぱたと呷った。ハルも荒い息づかいで、膝に手をついている。吐息が白い煙となって、流れていく。俺は正座しているので、襟元から何も見えない。そう、それで良いのだ。決して、ちらりとでも見えたら良いな、とか、そんな大それた事、これっぽっちも思ってないぞ。マジで。ほんとに……。
俺は心の中で血の涙を流した。
俺は今、嘘を吐きました。神様……。
気付けば、俺の目の前には、翠がまっすぐ立っていた。
「で、ヤマト。私は、ヤマトを疑いたく無い」
翠は真面目な顔だった。初めはまだおふざけが続いているのかとも思ったが、ハルも、何か考え込んだ様な顔で翠を見つめている。長い事一緒にいると、こう言う息も合ってくるのだろう。急な変貌は止めて頂きたい。
つまり俺にも、誠実さが求められてしまったのだ。
「だから、これだけ知った上で、私の質問に答えて欲しいの。
私たちの秘密を知ってしまった以上、ヤマトの身の安全は保証出来ない。面倒ごとも掛けちゃうかも知れない。
もちろん私たちもそうならない様につとめるけど、どんな方法でそれがバレるか、相手も魔法使いだから全く解らないの。もしかしたら私の心を読んでくるかも知れないし、今もどこかで私たちを見張っているかも知れない。
それでも、この秘密を、秘密を護り通してくれる?」
無理だと言ったなら、俺は全てを忘れて生きて行かなければならない。この場で記憶を消されるかも知れないし、明日朝起きたら全てをすっかり忘れているかも知れない。
でも、そんな事と天秤にかけるまでもなく、俺の答えは決まっていた。
「ああ。護るよ。記憶を消されるのはイヤだしな」
「ありがと」
一瞬、翠はフッと微笑んだ。しかし、その笑みがいたずらっ子の笑みへ変わるまでは一瞬だった。
「ほんっと、ヤマトってビビリだよねぇ」
「うるせえ。放っとけ」
「落ち着いたふりして、常に損得の事ばっかり考えてるんだもん」
「お前、俺を怒らせたいのか?」
「ぜーんぜん。そんな事ないよ?」
また、楽しくて仕方ないと言う様に、翠は笑った。そして「じゃ。約束は守ってよ」と言い残すと、またハルとじゃれ合いながら、屋上から出て行った。
乾いた風が屋上を吹き抜けて、俺の身を切って行った。うう、さぶ。
風が止んでから俺は、「えい」と人差し指を振ってみた。当たり前だが、そよかぜの一つも吹かなかった。
結局、ハルは俺に何も言わなかったなあ。




